朝鮮の歴史は繰り返す!
投稿者: usotuken21 投稿日時: 2003/09/02 17:22 投稿番号: [84829 / 232612]
なにが!日本人と朝鮮人の性格が似ているというんだ!!!あなたは在日か!!あんな民族と同じにしないでくれ!
李氏朝鮮と北朝鮮は同じじゃななか!妄言を吐くな!!
「30年前の朝鮮」 バード・ビショップ 1925年 (「醜い韓国人」 朴泰赫 1993年 光文社より)
朝鮮の官吏の腐敗は目にあまった。私は遠慮なく朝鮮官吏を批評する。彼らは民の膏血を搾り取る吸血鬼だ。彼らは任地に赴かずソウルにあって宴楽をほしいままにし、自己の管轄内の住民を保護し善導することがまったくなく、虐待し誅求するのだ。朝鮮の事物はことごとく低級である、貧弱である、劣等である。特権階級の猖獗、官吏階級の誅求、正義公道の全滅、財産の不安、取得の危険、政府の頑迷等などことごとくこれ朝鮮自滅の禍根である。さらに国王は後宮に耽溺して億兆の赤字を顧みない。
李朝末期は平和な国でもなければ楽園でもなかった。民衆は冷酷非情な支配者により絶望的で悲惨な生活をしいられ社会が停滞しきっていた。
日本は乱れきっていた李朝末期の韓国社会を正した。これは日本による改革・日韓併合を支持する声である。
「悲劇の朝鮮」 アーソン・グレブスト 1912年 (高演義・河在龍訳 1989年 白帝社)
『死刑の執行を見た。身動きのできぬ囚人の足の内側に棒を挟んで、執行人たちは自分の体重の全てを棒の片端にかけた。囚人が続けざまに吐き出す叫び声は聞いていて実に凄絶なものだった。脚の骨が砕けつぶれる音が聞こえると同時に、その痛さを表現する声さえももはやないかのように、囚人の凄絶な悲鳴も止まった。執行人らは囚人の腕の骨と肋骨を次々と折ってから最後に絹紐を使って首を絞めて殺した。――理由が何であれ、こんな状況がまだこの地球上の片隅に残っていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が(李氏)朝鮮を手中にすれば、真っ先にこのような拷問を廃するだろうという点だ。』
「朝鮮紀行」 イザベラ・バード 1897年 (時岡敬子訳 1998年 講談社学術文庫)
『宗主国中国の影響のもとに、朝鮮の両班たちは貴族社会の全体的風潮である搾取と暴政をこれまで事実上ほしいままにしてきた。この点について日本は新しい理論を導入し、庶民にも権利はあり、各階級はそれを尊ばなければならないということを一般大衆に理解させた。朝鮮の農民には、日本と西洋の指導手段を通して、食いものにされるばかりが自分たちの運命ではない、自分たちも市民としての権利を持ち、法的見地から見た平等に値し、収入を守られるべき存在なのだということが徐々にわかりはじめてきたのである。(中略)朝鮮における日本の政策はいまでも同一の卓越した政治家たちによって具体化されており、その政治家たちとは、日本が国際外交の舞台に躍りでたその日以来、文明開化の道をふさぐ複雑多岐な障害をみごとに切りぬけて国を導き、世界が賞賛を禁じえない手腕を示した人物たちであることも忘れてはならない(明治維新で日本を近代化させた実績のある官僚たち)』
李氏朝鮮と北朝鮮は同じじゃななか!妄言を吐くな!!
「30年前の朝鮮」 バード・ビショップ 1925年 (「醜い韓国人」 朴泰赫 1993年 光文社より)
朝鮮の官吏の腐敗は目にあまった。私は遠慮なく朝鮮官吏を批評する。彼らは民の膏血を搾り取る吸血鬼だ。彼らは任地に赴かずソウルにあって宴楽をほしいままにし、自己の管轄内の住民を保護し善導することがまったくなく、虐待し誅求するのだ。朝鮮の事物はことごとく低級である、貧弱である、劣等である。特権階級の猖獗、官吏階級の誅求、正義公道の全滅、財産の不安、取得の危険、政府の頑迷等などことごとくこれ朝鮮自滅の禍根である。さらに国王は後宮に耽溺して億兆の赤字を顧みない。
李朝末期は平和な国でもなければ楽園でもなかった。民衆は冷酷非情な支配者により絶望的で悲惨な生活をしいられ社会が停滞しきっていた。
日本は乱れきっていた李朝末期の韓国社会を正した。これは日本による改革・日韓併合を支持する声である。
「悲劇の朝鮮」 アーソン・グレブスト 1912年 (高演義・河在龍訳 1989年 白帝社)
『死刑の執行を見た。身動きのできぬ囚人の足の内側に棒を挟んで、執行人たちは自分の体重の全てを棒の片端にかけた。囚人が続けざまに吐き出す叫び声は聞いていて実に凄絶なものだった。脚の骨が砕けつぶれる音が聞こえると同時に、その痛さを表現する声さえももはやないかのように、囚人の凄絶な悲鳴も止まった。執行人らは囚人の腕の骨と肋骨を次々と折ってから最後に絹紐を使って首を絞めて殺した。――理由が何であれ、こんな状況がまだこの地球上の片隅に残っていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が(李氏)朝鮮を手中にすれば、真っ先にこのような拷問を廃するだろうという点だ。』
「朝鮮紀行」 イザベラ・バード 1897年 (時岡敬子訳 1998年 講談社学術文庫)
『宗主国中国の影響のもとに、朝鮮の両班たちは貴族社会の全体的風潮である搾取と暴政をこれまで事実上ほしいままにしてきた。この点について日本は新しい理論を導入し、庶民にも権利はあり、各階級はそれを尊ばなければならないということを一般大衆に理解させた。朝鮮の農民には、日本と西洋の指導手段を通して、食いものにされるばかりが自分たちの運命ではない、自分たちも市民としての権利を持ち、法的見地から見た平等に値し、収入を守られるべき存在なのだということが徐々にわかりはじめてきたのである。(中略)朝鮮における日本の政策はいまでも同一の卓越した政治家たちによって具体化されており、その政治家たちとは、日本が国際外交の舞台に躍りでたその日以来、文明開化の道をふさぐ複雑多岐な障害をみごとに切りぬけて国を導き、世界が賞賛を禁じえない手腕を示した人物たちであることも忘れてはならない(明治維新で日本を近代化させた実績のある官僚たち)』
これは メッセージ 84824 (kurakurashichau さん)への返信です.