小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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8月13日付・編集手帳

投稿者: remember140917 投稿日時: 2003/08/13 08:02 投稿番号: [82497 / 232612]
  言うまでもなく、戦争で人々が生命を失うようなことは、可能な限り避けなければならないことだと思う。
  しかし、失われてしまった生命については、その人のためにも、その人を愛した周囲の人々のためにも、正当に評価されなければならない。
  まして、その生命を犠牲として要求した国家からは、永遠に謝意を捧げられるべきではないだろうか。
  それは、戦争による人の死を美化し、賛美することとは全く別の問題であるはずだ。
  たしかに、その境界はあまりにも薄く、その区別を保ち続けることは容易ではないかもしれない。しかし、それを守り続けるのもまた我々国民なのだ。国家が暴走し、いたずらに国民の生命を供物として求めるようになれば、我々は全力でそれに抵抗しなければならないと思う。
  しかし、国家として国際的に果たさなければならない責務があり、それが場合によっては人的な犠牲を伴う可能性もある時、1国のみがそれを厭うことはできない場合もある。
  そうした場合に仮に犠牲になる人々が出た場合、国家がその人々に謝意を捧げ、その尊い犠牲を顕彰することは当然のことではないだろうか。

  たとえば、カンボジアで犠牲になった高田警視には、一体どこで国家からの謝意が捧げられているのか、私には分からない。
  その尊い犠牲が、どのような形で後世に語り継がれていくのかも、私には分からない。
  もしこのまま忘れ去られていくのであれば、それは自らの犠牲がカンボジアと日本のために役立つことを信じて斃れた方に対して、あまりといえばあまりな仕打ちではないのか。

  誰しも自らの生命も、自分が愛した者の生命も、かけがえのないものなのだから、それを理不尽に奪われた者が、特に先の大戦で亡くなった方々については、あたかも犯罪者やその家族であるかのごとく、あるいは無益な死を遂げた運の悪い者のごとく扱われている現状は、あまりにも異常ではないだろうか。

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8月13日付・編集手帳

  「君の出征に臨んで言って置く」という言葉で、手紙は始まる。二十四歳の海軍主計中尉、小泉信吉は一九四一年(昭和十六年)十二月に出征した。慶応義塾大学の塾長をつとめた父・信三が、わが子にあてた手紙である◆信三は書く。「僕は若(も)し生れ替って妻を択(えら)べといわれたら、幾度でも君のお母様を択ぶ。同様に、若しもわが子を択ぶということが出来るものなら、吾々(われわれ)二人は必ず君を択ぶ」…◆翌年、信吉は戦死する。父は息子をしのぶ文章をつづり、手紙も収めた限定本として身近な人に贈った。熱心に請われても一般向けの出版は拒み続け、世に知られるようになるのは信三の没後のことである◆作家の半藤一利氏も編集者のころ、「駄目です」と断られている。信三のたたずまいと表情は、その話題を続けることが憚(はばか)られるほど厳しいものであったと、半藤氏は著書「手紙のなかの日本人」(文春新書)にしるしている◆国に殉ずる行為が、戦後の精神風土のなかで否定されるようになったことへの割り切れない思いを、信三は氏に語ったという。出版を拒みつづけた理由であったろう◆「これでは祖国のために散華していった人たちの魂は永遠に癒やされない。鎮魂はならないのではないか。そうとは思わぬかね、半藤君」と。今年もまた、八月十五日がめぐってくる。

(2003/8/12/23:43   読売新聞)
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