>>>>六カ国協議とミュンヘン会議
投稿者: inakamonodemisawa 投稿日時: 2003/08/11 01:11 投稿番号: [82255 / 232612]
横レスで失礼。
平和的解決が、その時代もキーワードであり、チェンバレンは平和の勇者として帰国時に賞賛さてたのです。
フランスは地下要塞であるマジノ線を過大評価して、戦争準備を怠りました。
フランスも英国も「ヒットラーの暴発」を嫌って、「防衛力の増強」を怠りました。
ナチスドイツは、戦争を指向していたのです。しかし、英仏は、平和的解決という美名で自分自身を納得させていたのです。
結果は、ご存知のように、仏は占領され、英国は大損害を被りました。両国の指導者は、異端であったチャーチルとドゴールになりました。彼らは、以前から警告を発していました。
英国はナチスに勝つには、米国の参加が必須と考え、彼らの参戦を促しましたが、モンロー主義であった米国の参加は、真珠湾攻撃までは実現しませんでした。ソ連はドイツと不可侵条約を結んでおりポーランドを分割して動きませんでした。
この歴史の教訓からみれば、当時のフランスは韓国であり英国は日本であります。ナチスは、北朝鮮と置き換えられます。
北朝鮮が韓国に攻撃を加えた場合には、V1とV2でロンドンが攻撃されました。もちろん爆撃がありましたが、北朝鮮には制空権は保持できないでしょう。
中国とロシアは中立を保つでしょう。
米国は反撃するでしょうか?やはり先制攻撃はしないとのよそうのも可能です。
いずれにしても、日本には先制攻撃されてから、米軍は反撃すると考えるのが無難です。米軍基地が無事なら反撃するにしても、タイムラグがあるかも知れません。
岡崎氏は2年後が一番危ないといっていました。防衛準備に2年あるから、それをすべきと主張していました。
歴史から学ぶなら、WW2の英仏になってはいけない。MDとトマフークは装備しバンカーバスター爆弾も必要です。2年で準備しないとと思います。過激ですが、WW2の英仏で過激な意見が正しかったと証明されました。
外務省の行動は、同じ歴史を繰り返すかもしれません。
これは メッセージ 82249 (masa4618 さん)への返信です.
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