部分的コメント >貧富のない社会は、
投稿者: yayoijin_matsuei 投稿日時: 2003/08/08 15:11 投稿番号: [81951 / 232612]
>食糧の生産と分配、地球規模の生産適地主義、分配の公平…。人口に見合った食糧の生産能力の共有…。資源の地球規模での一括管理と配分の公平…。
技術の政界規模での共有化。地球規模での人口調節…。この地球上で養える以上の人口を増やさない…。
これは、他の方も言われるように、社会主義・共産主義の教科書的「理論」に限りなく近いですね。
私なりに言えば、「統一的な生産計画と実行、公平な配分・・・等々」
そのためには、統一的な権力のある計画部門が存在することになる。そしてその全・統一的な
計画の実行の確保。言い換えれば全てが国営。私的な生産体制は、統一的な生産計画を
乱すものとして原則廃止。
いかなる理論(頭の中で考えたこと)も、それの実地での検証が必要。自然科学でも社会科学でも。
そして、上の理論を実地で壮大な実験を試みたのが、旧ソ連であり、中国であり、北朝鮮。
そして、その壮大な歴史的実験の結果は出された。
そこで生まれたのは、独裁権力(スターリン、毛沢東、金日成)、特権的官僚群、・・等々。
くどくど書く必要もないでしょう。
結局、歴史は、混乱と試行錯誤を伴いつつも、自由主義体制がより「マシ」だという結論に達したのでは。
とは言え、力あるもの、資力のあるものが、なんでも自由ということにも、批判は強い。
自由と必要な規制のバランス。これの試行錯誤の連続でしょう。
アメリカは、力と資力の自由(の放任)に最大限片寄っているように見える。ヨーロッパは、アメリカよりは
自由と規制のバランスにおいて、規制にも重きを置いているように見える。
日本が今、規制緩和が必要であると言われているのは、旧来的・不必要な規制・非生産的規制が
牢固として支配しているから、これの全面的見直しが必要だと理解する。
日本は単純にアメリカの真似をすべきではない。
(少し横道にずれたか。)
これは メッセージ 81928 (moriya99 さん)への返信です.
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