蒼いことばの絆 第2号
投稿者: chootabang001 投稿日時: 2003/08/07 21:58 投稿番号: [81803 / 232612]
蒼いことばの絆 2003年 8月 7日 通算第2号
西村眞悟 衆議院議員
北朝鮮による日本人拉致問題は、国家主権の侵害であるとともに、国民の人権を侵害するものだ。であるから、二十数年の長期にわたって、日本国政府が拉致問題に関心を示さず明確な対応をしてこなかったということは、即ち戦後日本が国家としての要件を備えていなかったという根本問題が摘出されているということである。従って、拉致された同朋の救出運動の本質は、国家体制の変革運動であると言えるのだ。
では、拉致被害者救出運動は如何なる国家変革運動なのか。それは、日本を「あるべき国家に回復する運動」だ。同朋が外国に拉致されているのに、何ら対応できない国家は「国家」ではない。国民の人権が侵害されているのに、それを回復することが出来ない国家は恥ずべき国家である。だから、この国家ではない国家を今まで維持してきた戦後政治とそれを運用してきた政治家は、恥ずべき政治であり恥ずべき政治家である。拉致された同朋の救出運動は、この恥ずべき政治と恥ずべき政治家を日本から追放する運動、つまり国家体制変革運動となるのだ。
次に、拉致被害者救出運動のこの本質を踏まえて、脱却すべき戦後政治の恐るべき無責任の空洞を見つめてみよう。
昭和五十二年九月中旬、石川県警は、三鷹市のガードマン久米裕さんを拉致して海に連れ去った北朝鮮誘拐犯を逮捕して、完全な供述を得た。それと同時に、石川県警は、北朝鮮の日本人拉致を指令する暗号電波の解読に成功したのである。よって、遅くともこの拉致事件の捜査が終了する同年九月末には、日本政府は、北朝鮮が日本人を組織的に拉致する国家意思をもってそれを実行してきていると認識していたか、認識可能であったと断定できるのだ。
従って、このとき直ちに日本政府が、全国の警察および海上保安庁そして自衛隊に厳重警戒を指令するという当然の措置をとっていれば、その後に起こった一連の日本人拉致は防ぎ得たのだ。
しかし、日本政府は、何の指令も発せず事態を放置したのだ。その結果、四十五日後の十一月十五日、新潟から横田めぐみさんが拉致されていく。そして、翌年八月までに、いま日本に帰還できた被害者、北朝鮮が死亡したと通告してきた被害者の多くが拉致されたのである。以後日本政府は、国民が知らないのを良いことに、二十数年間放置したことになる。この日本政府の責任は重大である。北朝鮮による日本人拉致を知りながら放置したこと。これはテロに対する屈服である。
ところで、同じ九月に、日本政府は、もうひとつのテロに対する屈服をしている。即ち、久米裕さん拉致から十日後の同年九月二十九日に、日本政府は、ダッカハイジャック事件の犯人の要求に屈服して、九人の凶悪犯人を刑務所からダッカに六百万ドルの現金を持たせて送り出したのである。政府の声明は「人の命は地球よりも重い」といものであった。
しかし、人の命が地球より重いという政府が、何故北朝鮮による日本人拉致に見て見ぬ振りをして被害者を見捨てたのか。つまり、政府の声明は、テロに対する屈服の言い訳であり、決して文字通り人の命を大切に思っているわけではなかったのだ。ちなみに、このときの政府は福田内閣。そして、このときの総理大臣秘書官は、現小泉内閣の福田官房長官である。
知っていたのに、二十数年にわたって国民を見捨てていた国家は許せない。これを改造しなければならない。これが、拉致問題が我々日本人に付きつけている緊急課題である。
西村眞悟(にしむら しんご)
昭和23年大阪府堺市生まれ。京都大学法学部卒業。弁護士。
平成5年より衆議院議員初当選(民社党)現在当選3回。自由党所属。
平成9年2月、横田めぐみさん拉致事件を初めて国会で取り上げる。
平成9年4月、拉致議連(旧)設立に参画。発足当初は事務局長。その後、自由民主党議員が参画して超党派議連へと発展し、事務局長代理に就任。同議連に日朝友好グループが入り込むに及んで議連活動が休止するも、引き続き議員活動の中で拉致問題を追及し続ける。
平成14年4月、新拉致議連設立に参画。幹事長に就任。日朝首脳会談を契機とする拉致問題の急激な動きの中で、中心的役割を果たし続けてきた。
┌────────────────────────┐
│次回発行は 8月 14日を予定しております。 │
│執筆者は有田芳生氏です。お楽しみに。 │
└────────────────────────┘
蒼いことばの絆編集部
URL http://www.blue-in-blue.com/
西村眞悟 衆議院議員
北朝鮮による日本人拉致問題は、国家主権の侵害であるとともに、国民の人権を侵害するものだ。であるから、二十数年の長期にわたって、日本国政府が拉致問題に関心を示さず明確な対応をしてこなかったということは、即ち戦後日本が国家としての要件を備えていなかったという根本問題が摘出されているということである。従って、拉致された同朋の救出運動の本質は、国家体制の変革運動であると言えるのだ。
では、拉致被害者救出運動は如何なる国家変革運動なのか。それは、日本を「あるべき国家に回復する運動」だ。同朋が外国に拉致されているのに、何ら対応できない国家は「国家」ではない。国民の人権が侵害されているのに、それを回復することが出来ない国家は恥ずべき国家である。だから、この国家ではない国家を今まで維持してきた戦後政治とそれを運用してきた政治家は、恥ずべき政治であり恥ずべき政治家である。拉致された同朋の救出運動は、この恥ずべき政治と恥ずべき政治家を日本から追放する運動、つまり国家体制変革運動となるのだ。
次に、拉致被害者救出運動のこの本質を踏まえて、脱却すべき戦後政治の恐るべき無責任の空洞を見つめてみよう。
昭和五十二年九月中旬、石川県警は、三鷹市のガードマン久米裕さんを拉致して海に連れ去った北朝鮮誘拐犯を逮捕して、完全な供述を得た。それと同時に、石川県警は、北朝鮮の日本人拉致を指令する暗号電波の解読に成功したのである。よって、遅くともこの拉致事件の捜査が終了する同年九月末には、日本政府は、北朝鮮が日本人を組織的に拉致する国家意思をもってそれを実行してきていると認識していたか、認識可能であったと断定できるのだ。
従って、このとき直ちに日本政府が、全国の警察および海上保安庁そして自衛隊に厳重警戒を指令するという当然の措置をとっていれば、その後に起こった一連の日本人拉致は防ぎ得たのだ。
しかし、日本政府は、何の指令も発せず事態を放置したのだ。その結果、四十五日後の十一月十五日、新潟から横田めぐみさんが拉致されていく。そして、翌年八月までに、いま日本に帰還できた被害者、北朝鮮が死亡したと通告してきた被害者の多くが拉致されたのである。以後日本政府は、国民が知らないのを良いことに、二十数年間放置したことになる。この日本政府の責任は重大である。北朝鮮による日本人拉致を知りながら放置したこと。これはテロに対する屈服である。
ところで、同じ九月に、日本政府は、もうひとつのテロに対する屈服をしている。即ち、久米裕さん拉致から十日後の同年九月二十九日に、日本政府は、ダッカハイジャック事件の犯人の要求に屈服して、九人の凶悪犯人を刑務所からダッカに六百万ドルの現金を持たせて送り出したのである。政府の声明は「人の命は地球よりも重い」といものであった。
しかし、人の命が地球より重いという政府が、何故北朝鮮による日本人拉致に見て見ぬ振りをして被害者を見捨てたのか。つまり、政府の声明は、テロに対する屈服の言い訳であり、決して文字通り人の命を大切に思っているわけではなかったのだ。ちなみに、このときの政府は福田内閣。そして、このときの総理大臣秘書官は、現小泉内閣の福田官房長官である。
知っていたのに、二十数年にわたって国民を見捨てていた国家は許せない。これを改造しなければならない。これが、拉致問題が我々日本人に付きつけている緊急課題である。
西村眞悟(にしむら しんご)
昭和23年大阪府堺市生まれ。京都大学法学部卒業。弁護士。
平成5年より衆議院議員初当選(民社党)現在当選3回。自由党所属。
平成9年2月、横田めぐみさん拉致事件を初めて国会で取り上げる。
平成9年4月、拉致議連(旧)設立に参画。発足当初は事務局長。その後、自由民主党議員が参画して超党派議連へと発展し、事務局長代理に就任。同議連に日朝友好グループが入り込むに及んで議連活動が休止するも、引き続き議員活動の中で拉致問題を追及し続ける。
平成14年4月、新拉致議連設立に参画。幹事長に就任。日朝首脳会談を契機とする拉致問題の急激な動きの中で、中心的役割を果たし続けてきた。
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│次回発行は 8月 14日を予定しております。 │
│執筆者は有田芳生氏です。お楽しみに。 │
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蒼いことばの絆編集部
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これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.