小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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こんな思いをした人々をもう苦しめるな

投稿者: remember140917 投稿日時: 2003/07/31 22:27 投稿番号: [80667 / 232612]
  蓮池祐木子さんは、こう語ったという。
  「口と耳を粘着テープでふさがれ、ゴムボートに乗せられた。沖の方に背が向いていたので、(すき間から)柏崎の街が遠くなっていくのが見えた。」
  その時、どれほど心細く辛い思いをしたか、私には想像することしかできないが、それだけで胸が苦しくなる。
  それから北朝鮮で苦難の日々を過ごし、幸いにも帰国できたこの人々をまだ苦しめ続ける北朝鮮を、私は許せない。
  この人々の家族を北朝鮮に留め続けて、いったいあの国にどんなメリットがあるというのか?

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「増元さんと一時一緒」   拉致から25年で蓮池夫妻会見
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  北朝鮮による拉致被害者の蓮池薫さん(45)、祐木子さん(47)夫妻=新潟県柏崎市=は30日、拉致されて丸25年となる31日を前に柏崎市民会館会議室で記者会見した。2人は拉致された時の状況について初めて具体的に語り、その上で北朝鮮に残した子供について「何の進展もないので、たまらないことがある」などと述べ、政府にもっと強く対応するよう求めた。

  会見で祐木子さんは北朝鮮にいる時、死亡とされた拉致被害者の増元るみ子さんと「一時一緒にいたことがあった」と明らかにした。「それ以上のことは言えない。一緒にいたことは、るみ子さんのご家族にはお話ししました」と語った。

  また78年7月31日夕、柏崎市の中央海岸で北朝鮮の工作員に襲われて拉致された状況について、「口と目に粘着テープをされて、その間にちょっとすき間があって、ゴムボートに乗せられた」と語り、船の上から「柏崎が遠くなっていくのが見えた」と話した。

  薫さんは、夕暮れの中で「たばこの火を貸してくれ」と近づいてきた男らに拉致されたと、これまで兄の透さんが明らかにしている。会見で薫さんはたばこの男以外に「3人くらいの男」が現れ、襲われたと詳細を話した。「目を殴られて視界がきかなくなり、意識もうろうとなった」と話した。

  2人は帰国してから拉致現場の中央海岸に立ち寄ったことはないという。薫さんは「拉致事件は現在進行形で続いている。我々は帰国できたが、子供たちは残っている。現在も事件から抜け出せない。現場に立つのは気が重いだけで、行きたくない」と苦しい胸の内を語った。

  拉致された当時、薫さんは中央大3年で20歳、祐木子さんは化粧品会社の美容部員で22歳だった。

  増元さん(不明当時24)は蓮池さんが拉致された直後の78年8月12日、鹿児島県の吹上浜で市川修一さん(同23)とともに拉致された。増元さんについて、北朝鮮は「81年に心臓病で死亡」と伝えている。

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  増元るみ子さんの弟の増元照明さん(47)=東京都在住=は「新潟のホテルで昨年12月、蓮池祐木子さんから、78〜79年に北朝鮮の招待所で姉と一緒だったと聞いた。招待所の裏山でよく泣いていたと聞き、とても悲しくなった。姉が今も生きている可能性が高まったと思うし、拉致問題が一刻も早く解決することを願う」と話した。 (07/30 21:48 asahi.com)
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