>三つ子の魂百まで
投稿者: moriya99 投稿日時: 2003/07/27 04:56 投稿番号: [79876 / 232612]
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(ミソっかすとも言い、タッチされても鬼にならない。小さい子でも鬼ごっこの雰囲気を楽しめるルール)
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家の手伝いをすること、小さい子の面倒を見ること、弱い物いじめはいけないこと、これらは当時のぼくにとって「当たり前のこと」だったのです。
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幼い時のこういう経験って貴重ですよね。
これって、東京に出て来ていろんな所からの出身者と話しても、以前は当たり前だったようです。全国どこでも…。
子供も学校が終わると、集まる場所があって集まってくる…。季節によっていろんな遊びがある。
そして、一番懐かしいのは、年齢に関係なく参加ということですね。
ゴム毬をボールにして、手で玉を打つ野球もどきで遊んだりしているとき、小さい子供がやってくる。年齢に合わせてハンディの相談です。どうやって仲間に入れようか…。
小さい子供は、玉が当たっても当たらなくても、塁に出ていいとか…。ホームラン的ットが出たら、三塁を踏まないで二塁からホームベースに帰っていいとか。3才くらいから小学生3年生くらいまで一緒に遊んでいた。
それぞれの年齢に合わせて、ハンディを考えて遊んだ。また、そうしたことを纏めることのできるリーダー的存在の子供が必ずいて、みんな楽しむことや、安全なども考えたりしていた。これだけはゼッタイにやってはいけない、とか何となく決まっていたりして…。
時には、他のグループとぶつかるときがある…。そして喧嘩というか、遠出して勢力争いをしたり、ちょっと激しい行動をすることがある…。そんなときリーダー格の子供はしっかりしていた。やっていいことのある線というをちゃんと引いていて、うちのグループでその線を越えた者はいないだろな、という点呼もしていた。危ない道具をもつとか、女の子に悪質なイタズラをするのはタブーだった。
喧嘩は原則素手だったらしい。しかし、グループ内では、暴力に発展するような喧嘩はほどんどなかったような気がする…。
エスカレートする前に仲裁とか、裁定などが子供なりにあって、やはり弱い者イジメをしたものが負け。人を仲間外れにした者が負け。危ないことをした者が負け。一対一が原則。人数の不均衡な喧嘩はゆるされないとか。卑怯な行動を取った者が負け。大人もほとんど介入してこなかった。
子供時代に遊びで社会性を身につけるのは、本当に大事ですね。何をしたらいけないか。どこまでが限界か…。仲間を失ったら遊びが出来なくなるんだよ、という暗黙の理解…。
今はないのかな。大人になってかなり大事なこと。社会に出れば、競争とか敵対とかも避けられないときがある…。そんなとき、人間の値打ちを決めるもの。それはホドを心得る…。やっていい限界線を知る。拡大すれば外交などのセンスとも絡んでくる資質…。
案外、子供時代の遊びがベースにあって理解して行くのだと思う。
(ミソっかすとも言い、タッチされても鬼にならない。小さい子でも鬼ごっこの雰囲気を楽しめるルール)
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家の手伝いをすること、小さい子の面倒を見ること、弱い物いじめはいけないこと、これらは当時のぼくにとって「当たり前のこと」だったのです。
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幼い時のこういう経験って貴重ですよね。
これって、東京に出て来ていろんな所からの出身者と話しても、以前は当たり前だったようです。全国どこでも…。
子供も学校が終わると、集まる場所があって集まってくる…。季節によっていろんな遊びがある。
そして、一番懐かしいのは、年齢に関係なく参加ということですね。
ゴム毬をボールにして、手で玉を打つ野球もどきで遊んだりしているとき、小さい子供がやってくる。年齢に合わせてハンディの相談です。どうやって仲間に入れようか…。
小さい子供は、玉が当たっても当たらなくても、塁に出ていいとか…。ホームラン的ットが出たら、三塁を踏まないで二塁からホームベースに帰っていいとか。3才くらいから小学生3年生くらいまで一緒に遊んでいた。
それぞれの年齢に合わせて、ハンディを考えて遊んだ。また、そうしたことを纏めることのできるリーダー的存在の子供が必ずいて、みんな楽しむことや、安全なども考えたりしていた。これだけはゼッタイにやってはいけない、とか何となく決まっていたりして…。
時には、他のグループとぶつかるときがある…。そして喧嘩というか、遠出して勢力争いをしたり、ちょっと激しい行動をすることがある…。そんなときリーダー格の子供はしっかりしていた。やっていいことのある線というをちゃんと引いていて、うちのグループでその線を越えた者はいないだろな、という点呼もしていた。危ない道具をもつとか、女の子に悪質なイタズラをするのはタブーだった。
喧嘩は原則素手だったらしい。しかし、グループ内では、暴力に発展するような喧嘩はほどんどなかったような気がする…。
エスカレートする前に仲裁とか、裁定などが子供なりにあって、やはり弱い者イジメをしたものが負け。人を仲間外れにした者が負け。危ないことをした者が負け。一対一が原則。人数の不均衡な喧嘩はゆるされないとか。卑怯な行動を取った者が負け。大人もほとんど介入してこなかった。
子供時代に遊びで社会性を身につけるのは、本当に大事ですね。何をしたらいけないか。どこまでが限界か…。仲間を失ったら遊びが出来なくなるんだよ、という暗黙の理解…。
今はないのかな。大人になってかなり大事なこと。社会に出れば、競争とか敵対とかも避けられないときがある…。そんなとき、人間の値打ちを決めるもの。それはホドを心得る…。やっていい限界線を知る。拡大すれば外交などのセンスとも絡んでくる資質…。
案外、子供時代の遊びがベースにあって理解して行くのだと思う。
これは メッセージ 79856 (chootabang001 さん)への返信です.