再掲=平島筆子-1
投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2003/07/21 22:24 投稿番号: [79365 / 232612]
週刊新潮
1月16日
300円
北朝鮮を脱出した日本人の慟哭「どうこく」の記録!地獄の四十三年間を私はこうして生き延びた! 日本にいる親族は・・・・
姉の北朝鮮行きには,家族は猛反対でした。両親は”そんなところに行くな”と 泣いて説得しましたよ。其れでも家族の反対を振り切り,全てを捨てて勝手に北朝鮮行ってしまった人が・・・・今さら逃げ出してきたからと言って,・・・・
一体, 私たちに何をしろと言うんです・・・・冷たいようですが,もう関係ありません・・・・昨年の12月半ば、平島筆子さんの2人の姉のうち,都内在住の末妹(58)に取材を試みた。
命がけで”脱北”し、祖国への帰国を切望する。”日本人妻”を,日本の親族はどのような心境で迎え入れるのか・・・・・
姉への妹の思いは冷め切っているように見えた・・・・・北に渡ってから一度も連絡はありません。
うち自体,大変貧乏で,自分達が生きていくだけでやっとだった。父も母もとうの昔に亡くなりました・・・・・姉とは向こうに行ってしまった時点で縁は切れています。
然し,この話が事実でなかったことは,今回,本誌が掲載した平島筆子の手記から明らかな通りだ。
実際は,妹は北朝鮮にいる姉のことを常に気にかけていたのである。
代わりに妹の夫が答えた。妻はこの43年間に何度も,北朝鮮の筆子さん宛てに手紙を送っているし,品物やお金も八方手を尽くして,届けています・・・然し・・・その内の殆んどが彼女の手に届いていない筈。
義姉からも何度か手紙が届きましたが,その文面の中には,手紙を出したのに,返事がこない・・・・・と書かれていた事もありましたから。
彼女からの手紙は,古く汚れた便箋の表裏に小さな文字でびっしりと書き込まれていました・・・投函された日付から半年かかって到着した物もあった・・・おそらく向こうの手紙も,検閲のため半分もこちらに届いていない筈。
妻はそんな国にいる義姉のことをずっと心配し続け,心を痛めてきました。
【何とかならない物かと】朝鮮総連の本部に相談に行った事もあるんです。
義姉の”脱北”は突然,降って湧いたような話で・・・どうしたらいいものか・・・妻はパニックに陥っている。
私達には子供や孫もいて,やっとのことで築いた今のささやかな生活を壊されたくないと言う思いもある。
だから・・・義姉のことや今後,私たちを取り巻く環境をどう受け入れて好いか,悩んでいるのです。
勿論・・・血を分けた姉妹ですから,妻は筆子さんついて【生きていて欲しいし,日本に帰ってきたら会いたい】と言っています。こちらに余裕があれば,中国や韓国でも飛んでいって助けてあげたい。
まだ害務省や政府関係者からは連絡はありませんが,日本政府が受け入れ態勢を作ってくれるのが『一番有難い』!
祖国,日本への生還を希望する筆子さん。然し・・・それを迎える日本の家族には,現実的な難問が山積しているようである。
平島筆子
海峡を隔てた凍土の国に,助けを求める日本人妻がいた。去年暮 酷寒の豆満江「トゥマンガン」を渡って北朝鮮から脱出した東京都出身の平島筆子さん(64)がその人である。極貧の生い立ちから在日朝鮮人の夫との出会い,偽りの帰国事業,そして地獄の生活から国境を脱出するまで,彼女はいかに苦しみ,そして生きてきたか。
脱北した日本人妻が,初めて実名で,その半生を綴る。
つづく
北朝鮮を脱出した日本人の慟哭「どうこく」の記録!地獄の四十三年間を私はこうして生き延びた! 日本にいる親族は・・・・
姉の北朝鮮行きには,家族は猛反対でした。両親は”そんなところに行くな”と 泣いて説得しましたよ。其れでも家族の反対を振り切り,全てを捨てて勝手に北朝鮮行ってしまった人が・・・・今さら逃げ出してきたからと言って,・・・・
一体, 私たちに何をしろと言うんです・・・・冷たいようですが,もう関係ありません・・・・昨年の12月半ば、平島筆子さんの2人の姉のうち,都内在住の末妹(58)に取材を試みた。
命がけで”脱北”し、祖国への帰国を切望する。”日本人妻”を,日本の親族はどのような心境で迎え入れるのか・・・・・
姉への妹の思いは冷め切っているように見えた・・・・・北に渡ってから一度も連絡はありません。
うち自体,大変貧乏で,自分達が生きていくだけでやっとだった。父も母もとうの昔に亡くなりました・・・・・姉とは向こうに行ってしまった時点で縁は切れています。
然し,この話が事実でなかったことは,今回,本誌が掲載した平島筆子の手記から明らかな通りだ。
実際は,妹は北朝鮮にいる姉のことを常に気にかけていたのである。
代わりに妹の夫が答えた。妻はこの43年間に何度も,北朝鮮の筆子さん宛てに手紙を送っているし,品物やお金も八方手を尽くして,届けています・・・然し・・・その内の殆んどが彼女の手に届いていない筈。
義姉からも何度か手紙が届きましたが,その文面の中には,手紙を出したのに,返事がこない・・・・・と書かれていた事もありましたから。
彼女からの手紙は,古く汚れた便箋の表裏に小さな文字でびっしりと書き込まれていました・・・投函された日付から半年かかって到着した物もあった・・・おそらく向こうの手紙も,検閲のため半分もこちらに届いていない筈。
妻はそんな国にいる義姉のことをずっと心配し続け,心を痛めてきました。
【何とかならない物かと】朝鮮総連の本部に相談に行った事もあるんです。
義姉の”脱北”は突然,降って湧いたような話で・・・どうしたらいいものか・・・妻はパニックに陥っている。
私達には子供や孫もいて,やっとのことで築いた今のささやかな生活を壊されたくないと言う思いもある。
だから・・・義姉のことや今後,私たちを取り巻く環境をどう受け入れて好いか,悩んでいるのです。
勿論・・・血を分けた姉妹ですから,妻は筆子さんついて【生きていて欲しいし,日本に帰ってきたら会いたい】と言っています。こちらに余裕があれば,中国や韓国でも飛んでいって助けてあげたい。
まだ害務省や政府関係者からは連絡はありませんが,日本政府が受け入れ態勢を作ってくれるのが『一番有難い』!
祖国,日本への生還を希望する筆子さん。然し・・・それを迎える日本の家族には,現実的な難問が山積しているようである。
平島筆子
海峡を隔てた凍土の国に,助けを求める日本人妻がいた。去年暮 酷寒の豆満江「トゥマンガン」を渡って北朝鮮から脱出した東京都出身の平島筆子さん(64)がその人である。極貧の生い立ちから在日朝鮮人の夫との出会い,偽りの帰国事業,そして地獄の生活から国境を脱出するまで,彼女はいかに苦しみ,そして生きてきたか。
脱北した日本人妻が,初めて実名で,その半生を綴る。
つづく
これは メッセージ 79361 (chootabang001 さん)への返信です.