異説:天皇の起源は朝鮮半島ではない4
投稿者: ahoahoahochann7 投稿日時: 2003/06/23 20:46 投稿番号: [75473 / 232612]
以上のことを整理する。
●B.C.722年⇒北朝イスラエル王国から十支族が消える。「マナの壷」と「アロンの杖」も消える。ユーラシア大陸の彼方へと姿を消してしまう。日本の建国はB.C.660年であり、失われたイスラエル十支族が建国したと考えられる。
●B.C.587年⇒南朝ユダ王国が新バビロニア王国により滅ぼされる前に契約の箱と十戒石板とレビ族が消える。それはイザヤとエレミヤによって契約の箱はネボ山に隠された。
●B.C.538年⇒アケメネス朝ペルシアが新バビロニア王国を滅ぼしたため、捕囚されていたイスラエル人はパレスチナ地方に帰ることを許された。破壊されたソロモン神殿を再建する。(第2ソロモン神殿)
国を滅ぼされたのは自分たちの背教にあると反省し、戒律中心のユダヤ教を確立する。しかしバビロンの捕囚の屈辱から「タルムード」を作ってしまい、本来の宗教から離れてしまうのである。
●A.D.66年エルサレムから二支族(ユダ族・ベニヤミン族・一部のレビ族も含む)の原始キリスト教徒が脱出する。ペラから先は不明となる。これはイエス・キリストからの神託があり、契約の箱・十戒石板をもって、失われた十支族を追って東方に向かう。彼らは秦氏となり日本に渡来する。
●応神天皇に絶対神「ヤハウェ」が降臨し、イエス・キリストであると告げた為、先に王国を築いていた物部氏は応神天皇に従った。絶対神「ヤハウェ」が各地に現われ、応神天皇に聖霊が降るのを見たからである。しかし畿内の物部氏は「自分達は裏切られた」と思い込み、信仰を捨てた応神天皇に対して反乱を企てる。畿内では旧約の神ヤハウェを唯一の神とする強い信仰があったからである。
天からヤハウェが光り輝きながら戦闘の真ん中に降臨した為、古い旧約の神は新しい新約の神に全権を譲ることになったのである。
こうして応神天皇は大和朝廷を開き、契約の箱、十戒石板、マナの壷、アロンの杖の全部を手中に収めたのである。
●「マナの壷」は「八坂瓊勾玉(やさかにの まがたま)」として天皇が所持しており、現在皇居内部の「賢所(かしこどころ)」に安置されている。
「アロンの杖」は「草薙の剣」として熱田神宮の御神体として安置されている。
「十戒の石板」は「八咫の鏡」として伊勢神宮の内宮に祀られている
「契約の箱」は明治天皇によって封印され伊勢神宮の内宮にある。
(5)天孫降臨神話の秘密
八咫鳥が飛鳥氏に語ったように天照大神の神託があり日本の国に国仕掛けがなされた。
その中心人物が藤原不比等である。彼は秦氏であり、ユダヤの末裔である。
彼は持統天皇の側近として「古事記」「日本書紀」の神話を最終的に完成させた黒幕である。
「古事記」「日本書紀」の編纂は天武天皇が自らの王権を正当化する目的で行われた。
しかし天武天皇の存命中に「記紀」は成立しなかった。
それを引き継いだのが持統天皇(天武天皇の皇后)である。
持統天皇の最大の念願は草壁皇子(くさかべのみこ)を天皇に即位させることであった。
ところが草壁皇子が即位する以前に死んでしまったのである。
困った持統天皇は草壁皇子の息子である軽皇子(かるのみこ) を指名し、第42代文武天皇として即位させた。
持統天皇から孫への皇位継承は「天孫降臨神話」の原型になった。
天照大神の子であるオシホミミ命は草壁皇子である。
本来ならそのまま降臨して地上を治めるはずだったが、子供に任務を譲る。
これは若くして死んだ草壁皇子とその子供で天皇に即位した軽皇子が投影されている。
天照大神が男神から女神へ、「天子降臨」から「天孫降臨」へと改ざんされ、712年に古事記、720年に日本書紀が完成され、今日に至っている。
表向き主人公が男から女に、子供から孫に変わっても本質は変わらない。
日本神話が後世にまで残る為に仕組んだトリックはすべて解くために仕掛けられたものである。
(親)
(子) (孫)
天照大神 ⇒ オシホミミ命 ⇒ ニニギ命
↑ ↑ ↑
持統天皇 ⇒ 草壁皇子 ⇒ 軽皇子
*天孫とは天照大神の孫、すなわちに「ニニギ命」のことをさす。
●B.C.722年⇒北朝イスラエル王国から十支族が消える。「マナの壷」と「アロンの杖」も消える。ユーラシア大陸の彼方へと姿を消してしまう。日本の建国はB.C.660年であり、失われたイスラエル十支族が建国したと考えられる。
●B.C.587年⇒南朝ユダ王国が新バビロニア王国により滅ぼされる前に契約の箱と十戒石板とレビ族が消える。それはイザヤとエレミヤによって契約の箱はネボ山に隠された。
●B.C.538年⇒アケメネス朝ペルシアが新バビロニア王国を滅ぼしたため、捕囚されていたイスラエル人はパレスチナ地方に帰ることを許された。破壊されたソロモン神殿を再建する。(第2ソロモン神殿)
国を滅ぼされたのは自分たちの背教にあると反省し、戒律中心のユダヤ教を確立する。しかしバビロンの捕囚の屈辱から「タルムード」を作ってしまい、本来の宗教から離れてしまうのである。
●A.D.66年エルサレムから二支族(ユダ族・ベニヤミン族・一部のレビ族も含む)の原始キリスト教徒が脱出する。ペラから先は不明となる。これはイエス・キリストからの神託があり、契約の箱・十戒石板をもって、失われた十支族を追って東方に向かう。彼らは秦氏となり日本に渡来する。
●応神天皇に絶対神「ヤハウェ」が降臨し、イエス・キリストであると告げた為、先に王国を築いていた物部氏は応神天皇に従った。絶対神「ヤハウェ」が各地に現われ、応神天皇に聖霊が降るのを見たからである。しかし畿内の物部氏は「自分達は裏切られた」と思い込み、信仰を捨てた応神天皇に対して反乱を企てる。畿内では旧約の神ヤハウェを唯一の神とする強い信仰があったからである。
天からヤハウェが光り輝きながら戦闘の真ん中に降臨した為、古い旧約の神は新しい新約の神に全権を譲ることになったのである。
こうして応神天皇は大和朝廷を開き、契約の箱、十戒石板、マナの壷、アロンの杖の全部を手中に収めたのである。
●「マナの壷」は「八坂瓊勾玉(やさかにの まがたま)」として天皇が所持しており、現在皇居内部の「賢所(かしこどころ)」に安置されている。
「アロンの杖」は「草薙の剣」として熱田神宮の御神体として安置されている。
「十戒の石板」は「八咫の鏡」として伊勢神宮の内宮に祀られている
「契約の箱」は明治天皇によって封印され伊勢神宮の内宮にある。
(5)天孫降臨神話の秘密
八咫鳥が飛鳥氏に語ったように天照大神の神託があり日本の国に国仕掛けがなされた。
その中心人物が藤原不比等である。彼は秦氏であり、ユダヤの末裔である。
彼は持統天皇の側近として「古事記」「日本書紀」の神話を最終的に完成させた黒幕である。
「古事記」「日本書紀」の編纂は天武天皇が自らの王権を正当化する目的で行われた。
しかし天武天皇の存命中に「記紀」は成立しなかった。
それを引き継いだのが持統天皇(天武天皇の皇后)である。
持統天皇の最大の念願は草壁皇子(くさかべのみこ)を天皇に即位させることであった。
ところが草壁皇子が即位する以前に死んでしまったのである。
困った持統天皇は草壁皇子の息子である軽皇子(かるのみこ) を指名し、第42代文武天皇として即位させた。
持統天皇から孫への皇位継承は「天孫降臨神話」の原型になった。
天照大神の子であるオシホミミ命は草壁皇子である。
本来ならそのまま降臨して地上を治めるはずだったが、子供に任務を譲る。
これは若くして死んだ草壁皇子とその子供で天皇に即位した軽皇子が投影されている。
天照大神が男神から女神へ、「天子降臨」から「天孫降臨」へと改ざんされ、712年に古事記、720年に日本書紀が完成され、今日に至っている。
表向き主人公が男から女に、子供から孫に変わっても本質は変わらない。
日本神話が後世にまで残る為に仕組んだトリックはすべて解くために仕掛けられたものである。
(親)
(子) (孫)
天照大神 ⇒ オシホミミ命 ⇒ ニニギ命
↑ ↑ ↑
持統天皇 ⇒ 草壁皇子 ⇒ 軽皇子
*天孫とは天照大神の孫、すなわちに「ニニギ命」のことをさす。
これは メッセージ 75471 (ahoahoahochann7 さん)への返信です.