戦後の引揚について
投稿者: aoiparrot01 投稿日時: 2003/06/22 15:41 投稿番号: [75258 / 232612]
>ただ日本の居心地がよかったから日本に居座ったのだろうと考えざるを得ない。端的にいえば、帰ることができなかったというよりも、帰りたくなかったというだけのことだろう。
その通りだと思います。
終戦後、連合軍の指示の元、在日の帰還輸送を日本が行っていましたが、帰国フィーバーはほんの最初の内だけで、僅か半年も経たぬうちに、日本の用意した引揚のための輸送機関はガラガラになりました。
戦後の混乱期に財政的にも破綻した状態で、日本は1950年までガラ空きの輸送機関を動かし続け、在日の引揚を手配し、遂行しました。
1950年、連合国総司令部が「本日以降非日本人の自発的引揚は本人の責任である」
とし、これを受けて日本は引揚業務を終了。
当然です。
引揚げが激減した理由を、1956年の日本赤十字のレポートでは以下のように述べています。
http://www.asahi-net.or.jp/~dt9k-iwmt/kobeya/kousatu/ko21.htm先ず当時、朝鮮に於てはコレラの流行、大洪水及び朝鮮鉄道のストライキ等があつた。そのため三回に亙つて送還が一時中止された(前掲「在日朝鮮人運動」参照)。
朝鮮の政情も穏かでなく、一時成功しそうに見えた南北統一も不可能となつて行き、就中経済的困難は増して行つた。これに反し日本は終戦直後一時混乱状態に陥つたけれども秩序は間もなく恢復された。乍併大破壊を受け、インフレは昂進し殊に食糧事情は逼迫し、都会では半飢餓の状態に陥いつた。しかし、それは日本人に対してであり、連合国民に対してではなかつたのである。殊に朝鮮人の場合は、今迄とは打つて変り、戦勝国民となり、治外法権が認められた。それが彼等にとり、どんなに気持ちよかつたかは想像に難くない。単に精神面に於てのみならず、物質面に於ても、彼等は日本人が住む家なく、着るに衣なく、飢餓にあえいでいる最中、その特権を利用してあらゆるボロ儲けをすることが出来た。換言すれば朝鮮人にとつては、今迄地獄だつた日本が突然天国になつたようなものである。
彼等は独り故国への帰国を取り止めたのみならず、一旦帰国したものまでが再び日本に逆戻りするに至つた。これが戦後密入国の始まりである。
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在日の人達の「日本の責任」説は、
単なる、おなじみの甘えと言いがかり。
これは メッセージ 75256 (rachi_yamero さん)への返信です.
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