カラ・キタイ
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/06/12 19:21 投稿番号: [73714 / 232612]
AD166年後漢の時代に、ローマ帝国が派遣した使節がきたことが「後漢書」に記されているらしい。
使者の名は「王安敦」というころですが、これがローマ帝国の皇帝マルクス=
アウレリウス=アントニウス帝のことだろうというわけです。
(アントニウス→安敦)
ロシア語で、
キタイ→中国
キタイスキー
→
中国の
どうしてかと調べると(完全に確認したわけではないが)
契丹族が作った国、「遼」が「金」に滅ぼされた後、西遷して中央アジアに広大な「西遼」(1132〜1211)を作りました。
この西遼のことを一般にカラキタイというらしいのですが、これは現地語発音で、漢字は当て字らしいです。
ところが、もう1つこの国のことを「黒契丹」とも書いたようですが、これだとかなりカラキタイの発音に近くなります。
西遼=黒契丹は80年の歴史しかありません。
それでもロシアに中国のことをキタイと言わせるきっかけを与えたようです。
これは メッセージ 73674 (shattered_skiesjp さん)への返信です.
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