北朝鮮は泣いてない?
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/06/11 23:06 投稿番号: [73614 / 232612]
<中央時評>盧大統領の訪日は日本の強い気流に乗り上げた格好
豊臣秀吉の戦略か? マクベスの試練か?−−
日本人の対話の中には常に3つの代表的な人間の型が含まれている。 彼らは封建日本で雌雄を競った織田信長と豊臣秀吉そして徳川家康だ。
彼らの違いは泣かないウグイスを泣かせる方法(戦略)にある。 織田はウグイスが鳴かなければ殺してしまえという半面、徳川は泣くまで待った。 豊臣はウグイスが鳴くよう戦略を使った。 これらのうち、天下を統一した人はウグイスが鳴くまで待った徳川であった。
朝日新聞のコラムニスト船橋洋一氏は、今、北朝鮮核問題をめぐって織田と徳川との間で角逐していると診断する。 ワシントンのネオコン(新保守派)が、織田の「失脚」式戦略を強化しているのに反し、太陽(包容)政策の「青瓦台(チョンワデ、大統領府)タリバン」は、徳川との「待つ」式戦略にすがっているということだ。
ところが問題は、徳川の戦略が今ますます力を失っていることにある。 なぜならウグイスが鳴くまで待つ間に、北朝鮮がウラン濃縮の開発をしていたことが明らかになったためだ。 それで今は豊臣の出番ということだ。 「対話と圧力」を通じてウグイスを泣かせる戦略が、はるかに望ましいものとみられるためだ。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と小泉首相は首脳会談を通じて「対話と圧力」を対北朝鮮政策の骨格として提示した。 これでこれまで漂流した対北朝鮮政策が韓米日間の「共通戦略」としてはっきりと姿を現したわけだ。
しかし対話と圧力のうち、どこにより比重を置くかによりこの共通戦略は相当な迂余曲折をたどるものとみられる。 小泉首相と「話してみると大差なかった」とした盧大統領の言及にもかかわらず、日本ははっきりと米国の強硬路線に一歩迫っているためだ。
盧大統領の日本に対する好感は、韓国の政治家としては大変めずらしいとされる。 当選した時期には「韓米関係より韓日関係がより近くなるだろう」と述べ、また先週土曜日、日本のテレビとの対話では、最も近い友好国として日本を選ぶのにためらわなかった。 盧大統領としてはこのような日本とともに織田をけん制して北朝鮮の核問題を解いていく徳川になってみたかっただろう。
しかしこのような期待は当初から無理であったかもしれない。 もちろん日本が織田の方式を迂回して徳川式で北朝鮮問題を解こうとしなかったのではない。 ほかの見方をすれば9月、小泉首相の北朝鮮訪問はこのようなあがきの一環でもあった。 しかし米国が「瓶の栓」をあけてくれないので、われわれの「追加的措置」より一歩出た「より強硬な措置」を米国に約束したのが日本だ。 ここに国賓を招請しておいて米国の対北朝鮮先制攻撃を支援するための有事法制まで通過させた。 不幸にも盧大統領の訪問はこのような日本の強い気流に「良いです。良いですよ」と言って相づちを打った格好になってしまった。
このような状況でどのように「対話と圧力」で北朝鮮を「泣かせる」ことができるのか。 北朝鮮はこれまで「泣かなかった」し、今後も「泣くか泣かないか」わからない。 このようになる場合、米国と日本は対話よりは圧力を強化する可能性が大きい。 圧力が強くなれば、豊臣の戦略はあっという間に織田の戦略に変わる。
したがってわれらは何よりも豊臣の戦略が織田の戦略に変わるのを防がなければならない。 これを防げない場合、われらはあたかも魔女の注文に何もできず、引きずられるマクベスの運命に処するかもしれない。 こういう状況で再び「良いです。良いですよ」を連発できない。
何かといろいろあった日本訪問だった。 それにもかかわらず、盧大統領はいったん北朝鮮に対する「追加的措置」や「より強硬な措置」を防ぐのに「成功」した。 これと同じ「成功」は持続されなければならず、またこのためには徳川の外交が維持されていく必要がある。そうでない場合、われらは北朝鮮体制が終えんを告げるときまで北朝鮮の「泣く声」を聞くことができないかもしれない。
張達重(チャン・タルジュン)ソウル大政治学科教授
豊臣秀吉の戦略か? マクベスの試練か?−−
日本人の対話の中には常に3つの代表的な人間の型が含まれている。 彼らは封建日本で雌雄を競った織田信長と豊臣秀吉そして徳川家康だ。
彼らの違いは泣かないウグイスを泣かせる方法(戦略)にある。 織田はウグイスが鳴かなければ殺してしまえという半面、徳川は泣くまで待った。 豊臣はウグイスが鳴くよう戦略を使った。 これらのうち、天下を統一した人はウグイスが鳴くまで待った徳川であった。
朝日新聞のコラムニスト船橋洋一氏は、今、北朝鮮核問題をめぐって織田と徳川との間で角逐していると診断する。 ワシントンのネオコン(新保守派)が、織田の「失脚」式戦略を強化しているのに反し、太陽(包容)政策の「青瓦台(チョンワデ、大統領府)タリバン」は、徳川との「待つ」式戦略にすがっているということだ。
ところが問題は、徳川の戦略が今ますます力を失っていることにある。 なぜならウグイスが鳴くまで待つ間に、北朝鮮がウラン濃縮の開発をしていたことが明らかになったためだ。 それで今は豊臣の出番ということだ。 「対話と圧力」を通じてウグイスを泣かせる戦略が、はるかに望ましいものとみられるためだ。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と小泉首相は首脳会談を通じて「対話と圧力」を対北朝鮮政策の骨格として提示した。 これでこれまで漂流した対北朝鮮政策が韓米日間の「共通戦略」としてはっきりと姿を現したわけだ。
しかし対話と圧力のうち、どこにより比重を置くかによりこの共通戦略は相当な迂余曲折をたどるものとみられる。 小泉首相と「話してみると大差なかった」とした盧大統領の言及にもかかわらず、日本ははっきりと米国の強硬路線に一歩迫っているためだ。
盧大統領の日本に対する好感は、韓国の政治家としては大変めずらしいとされる。 当選した時期には「韓米関係より韓日関係がより近くなるだろう」と述べ、また先週土曜日、日本のテレビとの対話では、最も近い友好国として日本を選ぶのにためらわなかった。 盧大統領としてはこのような日本とともに織田をけん制して北朝鮮の核問題を解いていく徳川になってみたかっただろう。
しかしこのような期待は当初から無理であったかもしれない。 もちろん日本が織田の方式を迂回して徳川式で北朝鮮問題を解こうとしなかったのではない。 ほかの見方をすれば9月、小泉首相の北朝鮮訪問はこのようなあがきの一環でもあった。 しかし米国が「瓶の栓」をあけてくれないので、われわれの「追加的措置」より一歩出た「より強硬な措置」を米国に約束したのが日本だ。 ここに国賓を招請しておいて米国の対北朝鮮先制攻撃を支援するための有事法制まで通過させた。 不幸にも盧大統領の訪問はこのような日本の強い気流に「良いです。良いですよ」と言って相づちを打った格好になってしまった。
このような状況でどのように「対話と圧力」で北朝鮮を「泣かせる」ことができるのか。 北朝鮮はこれまで「泣かなかった」し、今後も「泣くか泣かないか」わからない。 このようになる場合、米国と日本は対話よりは圧力を強化する可能性が大きい。 圧力が強くなれば、豊臣の戦略はあっという間に織田の戦略に変わる。
したがってわれらは何よりも豊臣の戦略が織田の戦略に変わるのを防がなければならない。 これを防げない場合、われらはあたかも魔女の注文に何もできず、引きずられるマクベスの運命に処するかもしれない。 こういう状況で再び「良いです。良いですよ」を連発できない。
何かといろいろあった日本訪問だった。 それにもかかわらず、盧大統領はいったん北朝鮮に対する「追加的措置」や「より強硬な措置」を防ぐのに「成功」した。 これと同じ「成功」は持続されなければならず、またこのためには徳川の外交が維持されていく必要がある。そうでない場合、われらは北朝鮮体制が終えんを告げるときまで北朝鮮の「泣く声」を聞くことができないかもしれない。
張達重(チャン・タルジュン)ソウル大政治学科教授
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.