もういっちょだがや
投稿者: conyoyc 投稿日時: 2003/06/11 00:23 投稿番号: [73501 / 232612]
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皇民化を推進したのは誰だったのか
「皇国臣民の誓詞」を書いた李覚鐘
日本の朝鮮統治は「内鮮一体」「皇民化(日本人化)」というスローガンのもとに、朝鮮の民族文化を抹殺したとよく非難されます。この悪名高い「皇民化」政策を本格的に導入したのは第七代朝鮮総督・南次郎大将です。昭和十一年(一九三六)八月に朝鮮に着任した彼がその時に掲げた「朝鮮統治の五大指針」は、(1)国体明徴(日本の国柄を明らかにして自覚すること)、(2)鮮満一如(朝鮮人、満洲人と日本人は一つ)、(3)教学振作、(4)農工併進、(5)庶政刷新、の五項目でした。全文をここで紹介する余裕はありませんが、この中に「内鮮一体」とか「皇民化」とかの文言はありませんでした。実はこの文言を案出したのは、李覚鐘という朝鮮人なのです。彼は才能ある人物だったのか、左翼から転向した人たちを集めて白岳会を結成し、大同民友会の顧問となりました。その頃、「内鮮一体」「皇民化」「思想先導」等のスローガンを案出しました。さらに彼は総督府学務局の嘱託の頃、現在では悪名高い「皇国臣民の誓詞」を作ったのです。それを初代の社会教育課長の金大羽(朝鮮人・後に全羅北道や慶尚南道の知事となる)に示し、金課長を通じて南総督に建議し、総督は昭和十二年(一九三七)十月二日に決裁しました。
「誓詞」は次のような三ヵ条からなっていました。
(児童用)
一、私共は大日本帝国の臣民であります
二、私共は互に心を合せて、天皇陛下に忠義を尽します
三、私共は忍苦鍛練して、立派な強い国民となります
(学生・一般用)
一、我等は皇国臣民なり
忠誠以て君国に報ぜん
二、我等皇国臣民は
互いに信愛協力し
以て団結を固くせん
三、我等皇国臣民は
忍苦鍛錬力を養ひ、以て皇道を宣揚せん
それ以来この誓詞は、学校や社会団体で行事の度ごとに斉唱され、皇国臣民としての自覚が鼓吹されたのです。
「日韓共鳴ニ千年史」
名越二荒之助
平成14年
明成社
これは メッセージ 73487 (sadatajp さん)への返信です.
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