恥知らずな朝日新聞社説
投稿者: remember140917 投稿日時: 2003/05/29 07:24 投稿番号: [71781 / 232612]
よくもこんな恥知らずなことをヌケヌケと書けるものだと思う。
「情報を隠す。ばれる。そんなことの繰り返しが」などと、曽我ひとみさんに対する不当取材の問題に対して頬被りを決め込んでいる新聞社が言える言葉ではあるまい。
「北朝鮮に対して弱腰すぎるという批判が外務省に対して絶えない」というくだりも笑えた。露骨な北朝鮮擁護の姿勢が国民全体から批判を浴びている新聞社は、いったいどこだと思っているのだろうか。
極めつけはこの部分だ。
「冷静に考えれば、「対話」だけで北朝鮮との問題を解決できないことは明らかだ。」
これまで一貫して北朝鮮に対する強硬策を批判し、対話や経済援助の先行を主張していたのはどこの新聞社なのだ?
これほどまでに恥知らずな主張を、しかも社説で堂々と書けるということには、多くの国民がおぞましさすら感じることだろう。
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5月29日付 朝日新聞社説
■対話と圧力――戦略なき外交のお粗末
ブッシュ米大統領との会談で、小泉首相が「北朝鮮には対話と圧力が必要だ」と発言した。ところが、北朝鮮の反発を心配した田中均外務審議官らが国民向けの発表から、「圧力」の文字を隠そうとした。そんな事実が明るみに出た。
外交交渉には、直ちに公表できない内容もあるだろう。しかし、これは北朝鮮政策の基本的な考え方について、首相が米大統領に伝えた肝心要の部分である。信じがたい秘密主義と言わざるをえない。
昨秋の日朝首脳会談の際、拉致被害者の「死亡日時」などを記したリストを北朝鮮から渡された外務省は、これを公表しなかった。そんな体質は改まっていない。
情報を隠す。そのことがばれる。そんなことの繰り返しが、外交に対する国民の不信感を膨らませてきた。
「北朝鮮に対して弱腰過ぎる」といった批判が絶えないのも、外務省が北朝鮮政策をどう考えているか、拉致問題をはじめとする深刻な課題をどう解決しようとしているかが、国民の目にわかりにくいことが一因だ。
しかし、今回の出来事は外務官僚の秘密主義にとどまらず、政府の意思決定にかかわるさらに深刻な問題をも露呈させた。
日朝首脳会談の直後から、拉致問題や北朝鮮の核、ミサイル開発にどう対処するかをめぐって、小泉政権はまとまりを欠き、それが一体的な外交を阻んできた。
田中審議官ら北朝鮮との対話を重視する人々と、安倍晋三官房副長官らの強硬派の対立である。それは政策のぶつかりあいを超え、感情的なものとさえなっている。
国交正常化交渉が中断する一方で、北朝鮮は瀬戸際政策をエスカレートさせてきた。対話重視派は、多国間協議や米朝対話を促進させることを通じて、北朝鮮の譲歩を引き出す道を主張してきた。
一方の強硬派は、北朝鮮に対する経済制裁や軍事的な備えを強めることで北朝鮮を追い詰め、問題の解決を図ろうとする。
「圧力」という言葉を公表するかどうかで、この対立が噴き出したのだ。
冷静に考えれば、「対話」だけで北朝鮮との問題を解決できないことは明らかだ。同時に「圧力」だけですむ話でもありえない。問題は、圧力をかけつつ、どう対話に引き込むかである。
ところが、小泉政権内の議論は「対話と圧力」ではなく、まるで「対話か圧力か」という二者択一の対立のようになっている。双方が自分の主張をぶつけ合っているだけで、小泉首相も川口外相も動こうとしない。司令塔を欠いた惨めな状況だ。
平壌宣言に署名した首相には、北朝鮮に対する総合的な外交戦略があるのだろうか。それがなければ迷走は続くばかりだ。
政府内の足並みの乱れは、国際的な失笑を買うだろう。これではとても外交とはいえない。
「情報を隠す。ばれる。そんなことの繰り返しが」などと、曽我ひとみさんに対する不当取材の問題に対して頬被りを決め込んでいる新聞社が言える言葉ではあるまい。
「北朝鮮に対して弱腰すぎるという批判が外務省に対して絶えない」というくだりも笑えた。露骨な北朝鮮擁護の姿勢が国民全体から批判を浴びている新聞社は、いったいどこだと思っているのだろうか。
極めつけはこの部分だ。
「冷静に考えれば、「対話」だけで北朝鮮との問題を解決できないことは明らかだ。」
これまで一貫して北朝鮮に対する強硬策を批判し、対話や経済援助の先行を主張していたのはどこの新聞社なのだ?
これほどまでに恥知らずな主張を、しかも社説で堂々と書けるということには、多くの国民がおぞましさすら感じることだろう。
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5月29日付 朝日新聞社説
■対話と圧力――戦略なき外交のお粗末
ブッシュ米大統領との会談で、小泉首相が「北朝鮮には対話と圧力が必要だ」と発言した。ところが、北朝鮮の反発を心配した田中均外務審議官らが国民向けの発表から、「圧力」の文字を隠そうとした。そんな事実が明るみに出た。
外交交渉には、直ちに公表できない内容もあるだろう。しかし、これは北朝鮮政策の基本的な考え方について、首相が米大統領に伝えた肝心要の部分である。信じがたい秘密主義と言わざるをえない。
昨秋の日朝首脳会談の際、拉致被害者の「死亡日時」などを記したリストを北朝鮮から渡された外務省は、これを公表しなかった。そんな体質は改まっていない。
情報を隠す。そのことがばれる。そんなことの繰り返しが、外交に対する国民の不信感を膨らませてきた。
「北朝鮮に対して弱腰過ぎる」といった批判が絶えないのも、外務省が北朝鮮政策をどう考えているか、拉致問題をはじめとする深刻な課題をどう解決しようとしているかが、国民の目にわかりにくいことが一因だ。
しかし、今回の出来事は外務官僚の秘密主義にとどまらず、政府の意思決定にかかわるさらに深刻な問題をも露呈させた。
日朝首脳会談の直後から、拉致問題や北朝鮮の核、ミサイル開発にどう対処するかをめぐって、小泉政権はまとまりを欠き、それが一体的な外交を阻んできた。
田中審議官ら北朝鮮との対話を重視する人々と、安倍晋三官房副長官らの強硬派の対立である。それは政策のぶつかりあいを超え、感情的なものとさえなっている。
国交正常化交渉が中断する一方で、北朝鮮は瀬戸際政策をエスカレートさせてきた。対話重視派は、多国間協議や米朝対話を促進させることを通じて、北朝鮮の譲歩を引き出す道を主張してきた。
一方の強硬派は、北朝鮮に対する経済制裁や軍事的な備えを強めることで北朝鮮を追い詰め、問題の解決を図ろうとする。
「圧力」という言葉を公表するかどうかで、この対立が噴き出したのだ。
冷静に考えれば、「対話」だけで北朝鮮との問題を解決できないことは明らかだ。同時に「圧力」だけですむ話でもありえない。問題は、圧力をかけつつ、どう対話に引き込むかである。
ところが、小泉政権内の議論は「対話と圧力」ではなく、まるで「対話か圧力か」という二者択一の対立のようになっている。双方が自分の主張をぶつけ合っているだけで、小泉首相も川口外相も動こうとしない。司令塔を欠いた惨めな状況だ。
平壌宣言に署名した首相には、北朝鮮に対する総合的な外交戦略があるのだろうか。それがなければ迷走は続くばかりだ。
政府内の足並みの乱れは、国際的な失笑を買うだろう。これではとても外交とはいえない。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.