小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

細菌兵器研究の事故の実例

投稿者: ahoahoahochann7 投稿日時: 2003/05/17 00:56 投稿番号: [69231 / 232612]
http://www.primate.gr.jp/yamanouchi/79.html

3. 天然痘ウイルス
天然痘根絶計画は、1953年にWHOの初代事務総長ブロック・チショルムBrock Chisholmが提案したものですが、その際にはマラリア根絶で多額の予算が費やされており、この提案はあまりにも膨大で複雑ということで取り上げられませんでした。その5年後、1958年のWHOの会議でソ連の保健省次官のヴィクトール・ジュダノフVictor Zhdanovがあらためて提案し、それが取り上げられて始まったものです。そして1980年に天然痘根絶宣言が発表され、天然痘ウイルスはモスクワとアトランタのCDCだけに保管されることになったのは衆知のとおりです。

本書では天然痘根絶に非常に貢献したはずのソ連が生物兵器としての天然痘ウイルスの大量生産を行っていたという事実が詳しく紹介されています。要点は以下のとおりです。

最初に天然痘ウイルスの製造工場は1947年にモスクワから車で40分くらいのザゴルスクに建設されました。ここはロシア正教の大寺院がある有名な観光地で、私も1972年秋に訪れたことがあります。白樺林に囲まれた美しい場所です。

天然痘根絶計画の一端としてインドに派遣されたソ連の医療チームが持ち帰った天然痘ウイルス、インド1967株は、とくにサルで1〜5日というきわめて短い潜伏期での発病を起こすことから生物兵器用の株として、この工場で大量製造されました。コルホーズで生産した卵で培養し年間20トンの貯蔵量を維持していたということです。天然痘ウイルスは孵化鶏卵の漿尿膜の上でよく増殖しますので、多分その方式だったのでしょう。

天然痘ウイルスは種痘をしていれば感染はまったく起こしません。私も1960年代に予研で天然痘ウイルスの実験を手伝ったことがあります。ザゴルスクの工場の従業員も種痘を受けていたわけですが、天然痘根絶により種痘が中止されているのに何百人もが種痘を受けたのでは周囲から疑われます。そこで、お尻に接種したそうです。


4. マールブルグウイルス感染事故
1973年、シベリア、ノヴォシビルスク近くのコルツォヴォにベクターという名称の分子生物学研究所が建設されました。表向きは民間研究施設として、しかし実体は生物兵器の先端軍事研究のためです。これが1987年にゴルバチョフの指令で生物兵器を製造する大規模な施設に拡大され、アリベックが責任者として赴任しました。その翌年にマールブルグウイルス感染事故が起きたのです。このことは本講座第69回でご紹介しましたので、今回新たに分かった事実だけに絞ります。

科学者のひとりウスチノフが感染して死亡したのです。彼はウサギを押さえる役で同僚がウサギにマールブルグウイルスの接種を行っていました。本来はウサギは保定板にしばりつけておくのですが、ウスチノフはこの保定手順を守らず手でウサギ押さえていたところ、同僚がウスチノフの親指に注射針をさしてしまったのです。その後の経緯は本講座第69回でご紹介したとおりです。治療には抗ウイルス剤のリバビリン(これはラッサ熱には効果があります)、インターフェロン、抗血清なども試みられましたが、結局3週間後に死亡しました。

さらに解剖に当たった医師団の病理医が骨髄採取に使用した注射器を自分に刺して発病、死亡したということです。結局2名の実験室感染が起きたことになります。

ウスチノフの臓器から分離したウイルスは元のウイルスよりも毒性が強く安定性が高いためにU株という名前で生物兵器用になったのです。

そしてカザフスタンの生物兵器研究所でこのマールブルグウイルスが詰め込まれた小型爆弾の効果が12頭のサルで確かめられたということです。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)