10万人で国会議事堂を包囲する日①
投稿者: nigakudo72 投稿日時: 2003/05/08 19:28 投稿番号: [67166 / 232612]
勝谷誠彦の××な日々。
2003/05/08 (木) 拉致問題がこの国を変える予感に震えた日の記録①。
5時起床。まず私は昨日の『拉致はテロだ!北朝鮮に拉致された日本人・家族を救出するぞ!第五回国民大集会』に来ていただきながら会場に入れなかった方々に対して衷心からお詫びを申し上げたい。私は主催者でも関係者でもなくたまたま幸運にも入場できた一人にすぎない。しかしこのペ−ジがきっかけでご来場いただきながら入場できなかった方々の対して重い責任を感じる。5000人の会場に対して2万人がいらした。5000人ということすらこれまでとは一桁違い関係者ははたして何割りの席が埋まるかと内心ビクビクものだったのである。しかし雪崩は起きた。ぜひ壇上に座ってその雪崩から投げられる石を受けていただきたかった土井たか子が使ったがために肥だめの中に埋葬された言葉でなければ「山は動いた」と書きたいところなのである。風の強い夕べであった。有楽町駅から東京国際フォ−ラムに向かう道すがら馬鹿な話で私はどんなスタアのコンサ−トがあるのだろうとぼおっと考えていた。杖をついた老爺から「拉致被害者の大会はどこですかな」と訛りの強い言葉で聞かれしわくちゃのス−ツの胸にブル−リボンを見てはじめて何が起きているのかを知ったのであった。開場を1時間以上前にしてフォ−ラムは十重二十重の人の波に取り囲まれていた。私はかろうじて中に入れたのでその後のことは知らない。しかし大会のあとこれまで歯を食いしばるような支援活動を続けてきたR-NETの青年たちが口々に吹きあげるようにその後の外の模様を伝えてくれた。大会の途中壇上から拉致議連の議員たちの姿が消えた。義理で顔を出す国会議員なんてそんなものかと私は軽侮した。違っていた。彼らは外で待つ人々が入場できずに怒っているのを知り謝罪のために出て行ったのであった。横田夫妻が石原慎太郎氏が外の壇上に立ち深々と頭を下げたという。待っていてくださった人々の怒りの声はやがて拍手に変わりあべこべに「謝らないでくださいと」と横田さんたちに声が飛んだと青年たちは嗚咽をこらえながら教えてくれた。そして笑顔になって「俺たちも中で話を聞きたかったなあ」と言うのであった。これまでの運動の成果が目の前で結実するさまを私も彼らに見せてやりたかった。しかしそうした誘惑の前に彼らは自らの義務を果たすことを選んだのである。この会場に来てくださった人々すべてが心に誓っているのと同様に。以下上に続く。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/67166.html