>函館のミグ25にはバッジシステムは
投稿者: toshiki0217 投稿日時: 2003/04/26 01:25 投稿番号: [64795 / 232612]
既出だと思いますが。
法的には、この頃と変わりないのかな?
1976年9月6日 ベレンコ中尉がウラジオストク北東百九十キロのチュグエフカ基地から最新鋭迎撃機であったミグ25戦闘機で函館空港に強行着陸、日本政府に保護を希望した。
当初目的地は、千歳基地であったが航空自衛隊F4EJのスクランブルの接触により高度30mの低空飛行で日本のレーダーサイト網を回避したが低空飛行の為、燃料効率が悪くなりが千歳に向かうのを断念した。
道南、津軽地区でジェット機が着陸出来る唯一の民間空港である函館空港に強行着陸し250mオーバーラーン、防護柵の寸前で停止した。
後のベレンコ中尉の回想よると、着陸時には30秒分の燃料しか残っていなかったため強行着陸したといっている。
パイロットであるベレンコ中尉はアメリカに亡命、機体は函館で日米軍関係者で予備調査の後、翼を分解して米軍C-5Aギャラクシー輸送機にて、航空自衛隊百里基地に輸送、分解調査を行われた。
後に、日ソ間の機体返還交渉が成立し、11月15日 日立港よりソ連貨物船で返還された。
そしてこの事件は、東西両陣営の軍事専門家が函館空港で偵察行動やソ連軍が日本領空近くの偵察を頻繁に行うなど冷戦時代を象徴する国際的な事件であった。
時折下、国内ではロッキード事件、海外では中国共産党毛沢東主席死去などの混沌とした情勢下であった中の戦後国防体制の再検討をする原因となった事件である。
http://www1.neweb.ne.jp/wb/dentan/history/mig/mig_00.html
これは メッセージ 64782 (ahoahoahocha6 さん)への返信です.
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