ちょい追加を >>戦争の本質・ 異見
投稿者: vaio6255 投稿日時: 2003/03/29 21:47 投稿番号: [59324 / 232612]
>だから、戦争をする、というのは、最後の最後の選択でなければならない。
この結論には同意です。が、アメリカに対する日本の非道ぶりだけを例に挙げるのは「自虐サヨク」よりの発想につながりかねないので以下の事実も併記します。
東京大空襲:(昭和20年)3月以降の天候・風向きまでデータを集め、アメリカ国内に東京の街をミニチュアで正確に再現し「如何に東京を焼き尽くす為には」焼夷弾をどのポイントにどれだけ落とせば良いか繰り返し実験をして・・・実行された。(アメリカ軍が当時の実験状況を撮影した記録フィルムがあり、日本でもNHKで放送済み)
*当時、敗戦は時間の問題という時期に敢えて相手国の非戦闘員がほとんどの一都市を殲滅しようとした行為は戦時下とは言え「悪魔の所業」と言わざる負えない。
原爆開発(投下):1941年から始まったが当時の敵はドイツ・日本にも関わらず、当初から実際に使用(投下)する相手は日本であったとするオッペンハイマー等の関係者の証言がある。つまり「人」として見なしていなかったアジア人に対して初めから使う予定であったということ。
*欧米人のアジア人に対する人種差別は今でもあるが、当時は相当に酷いことを示した事実であろう。
以上はWWⅡでのアメリカ人(白人)の醜さを表す事象だが、だから現在の戦争反対と言ってるわけではナイので誤解なきように。当時は「強さ」が正義であった列強の時代。そして日本以外のアジア人(黒人も)は弱さゆえ多くが植民地となり、人種差別が色濃く存在した。つまり現在の戦争とは大きく事情が異なるコトは念頭に置くべきかと。
まあ、違う時代の例を挙げる時は誤解ないよう平等に配慮するべき、が私の意とする所なのであしからず。
飽く迄も武力行使しなければフセインの国内での圧政、クルド民族への虐殺は止められない。国連の決定を12年も無視し蛮行を続けたコトがその証左である。
これは メッセージ 59290 (yayoijin_matsuei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/59324.html