在日による不法占拠
投稿者: on_the_stone3 投稿日時: 2003/02/15 18:00 投稿番号: [50135 / 232612]
被害者ヅラしているが明々白々の法律違反を犯して恥じるところを知らない。
http://www007.upp.so-net.ne.jp/aohyon/m000502.html
ウトロとは在日朝鮮人集落の地名です。正しくは、京都府宇治市伊勢田町ウトロ51番地。日産自動車のリストラ工場閉鎖で最近有名になった日産車体京都工場のすぐ近く、自衛隊大久保駐屯地に隣接した約6400坪の矩形の土地に67世帯、229人の在日韓国・朝鮮人が住んでいます。半世紀以上もここだけで暮らしてきた高齢者も多く、彼らにとっては第二の故郷といえるでしょうか。
ウトロの歴史は戦前にさかのぼります。1940年、日本政府が計画した「京都飛行場」建設工事に、安価で強靭な労働力として多くの朝鮮人労働者が動員されました。彼らとその家族が寝起きした飯場(仮の宿舎)跡、それが今のウトロです。日本の敗戦により工事は中止され、彼らは飯場跡に置き去りにされました。自費で祖国に帰った同胞も多くいましたが、帰るに帰れず、日本に残った人たちは、飯場跡に身を寄せて雨風を凌ぎ、戦後の極貧生活に耐えました。そして、彼らは徐々にバラックを人の住める住宅に建て替えていきました。しかし、ウトロの土地の所有権は、戦前の旧軍需会社を引き継ぐ日産車体のままでした。
1986年、日産自動車は中間決算で赤字を計上しました。日産グループの社内ではケチケチ運動が展開されて、ウトロの土地は売却可能な遊休資産と見なされました。1987年3月、日産車体はウトロの土地全部をある個人に売却し、同年8月、これを買い取った不動産会社(有)西日本殖産は住民に立ち退きを迫りました。そして、1989年2月、住民の「不法占拠」を理由に「建物収去・土地明渡」訴訟を京都地裁に起こしたのです。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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