小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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北朝鮮の最高機密(2)コピペ

投稿者: ccccccccc55 投稿日時: 2003/01/12 02:41 投稿番号: [39744 / 232612]
  98年8月31日に発射されたテポドンは、よくぞ日本本土に落ちなかったものだと思います。また、その場合に核弾頭が装着されていたら、本当に今頃は大変でした。空から恐怖の大王が降ってくるというノストラダムスの予言や、エドガー・ケイシー(米国の有名な預言者)の98年頃に日本は沈むという予言が成就していたでしょう。あの不気味で何を考えているのかわからない金正日に、瞬間的に理性が目覚めたのかも?

  話が逸れました。本の内容に戻ります。核問題のほかに印象に残ったことを述べます。

  著者はさすがに金王朝のロイヤル・ファミリーの一員だけあって、金一族の血縁関係や家族関係に詳しいものです。金正日の生い立ちを見てみましょう。

  まず、金日成が第二次大戦中に満州で抗日パルチザンを率いて戦っていたという伝説が虚構であるのは、旧ソ連の文書でも明らかですし、国境の向こうの中国東北部の朝鮮族は誰も信じていないのは、前回紹介した「北朝鮮脱出」の中のエピソードに出てきます。

  金正日にしても、中朝国境の鴨緑江の源流の白頭山で生まれたことになっていますが、実は1942年2月16日にソ連のハバロフスクで生まれ、「ユーラ」というロシア名でした。

  金正日は金日成の長男ですが、決して父に可愛がられていたわけではなく、金日成は正日の異母弟で金聖愛(キムソンエ)の子供であり、自分にそっくりな金平一(キムピョンイル)に目をかけていました。正日の母である金正淑(キムジョンスク)は、金日成が元タイピストの金聖愛に愛情が移ってから、金日成を激しくなじった挙句、正日の下の子を産んだ後、産後の肥立ちが悪いのに治療を拒否して死亡してしまいました。

  正日は継母の聖愛を「オモニ(お母さん)」と呼んだことは一度もないそうです。多忙であまり構われなかった金日成の子供たちの中でも、正日は不遇だったようで、これが彼の人格形成に影響したのは間違いないでしょう。子供の頃の写真も暗い顔をしています。

  彼は金日成総合大学を出て、朝鮮労働党の宣伝部に所属します。正日は芸術家肌で映画マニアなのはよく知られていますが、72年に「ピバダ(血の海)」という抗日戦を戦った革命第一世代のノスタルジアを掻き立てる大型歌劇を演出し、この成功で長老達の心を掴むことに成功しました。この頃の彼の喜色満面の顔は、今とはまるで別人のようです。
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