小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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芝田孝三さんのネット情報

投稿者: kitachousendeikirai 投稿日時: 2003/01/01 19:34 投稿番号: [37201 / 232612]
ご参考までに、、、
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2002年12月25日
テレビ朝日系列
スーパーモーニング
「北朝鮮に渡った日本人夫の悲劇−芝田孝三さんを強制収容所で見た!−」

1959年に始まった「帰国運動」で多くの在日朝鮮人が北朝鮮に帰還した。総数9万3千人。希望に燃えて北朝鮮に渡ったなかに七千名近い日本国籍保持者もいた。東北大学を出たエリート官僚の芝田孝三さんは朝鮮人と結婚し60年新潟から帰還船に乗った。一家5人の消息が途絶え、アムネスティが北朝鮮に問い合わせると、90年に全員事故死したとの答え。その後、強制収容所で芝田さんと同房だったという証言者が現れ、より詳しい消息が明らかになった。北朝鮮での生活に絶望した日本人妻たちが「里帰り署名運動」をはじめ、芝田さんがこれに協力したためにスパイ罪で収容所に送られていたのだ。

http://www.jin-net.co.jp/housou.htm
帰国事業で北朝鮮に渡った日本人夫の「事故死」に疑問


  59年からの「帰国事業」で、在日朝鮮人の妻とともに朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に渡った後、消息を絶った日本人夫の安否を案じる家族がいる。約10年前に北朝鮮が「事故死した」と伝えてきた元労働省職員芝田孝三さん。東京都板橋区在住の兄弘之さん(78)は今も信じられない。拉致事件で「死亡」と伝えられた被害者8人の家族が拉致被害者の生存を信じていることも、弘之さんには「ひとごとと思えない」。

  孝三さんは60年1月、妻申性淑(シン・ソンスク)さんと新潟から北朝鮮に渡った。家族への手紙は64年に途絶えた。

  92年、北朝鮮の強制収容所から出てきたという朝鮮系中国人の「収容所に芝田孝三という日本人がいた」との証言が雑誌に掲載された。弘之さんが北京に渡り、証言者に会うと「日本人妻の里帰り運動を進めたことが、北朝鮮政府の不興を買ったらしい」と話した。

  人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルの調査に対し、94年、北朝鮮政府は「孝三さんは64年にスパイ容疑で逮捕、禁固20年を宣告された。90年1月に釈放されたが、同年3月18日、列車事故で妻子とも死亡した」と回答してきた。

  しかし、「釈放」後も日本の家族に連絡はない。安否を伝える正式な証明書が日本政府にも家族にも届かないため死亡確認もできず、孝三さんの戸籍は今も残ったまま。生きていれば72歳になる。

  今年9月、拉致被害者8人について北朝鮮は「交通事故」や「一酸化炭素中毒」などで死亡した、と伝達してきた。「報告は明らかに不自然。北朝鮮はそういうことをする国と知っていたから、驚かない」

  弘之さんは22日午後1時、東京都千代田区の星陵会館である「行方不明帰国者家族証言集会」で、孝三さんについて語る。問い合わせは「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」(03・3262・7473)へ。

(12/21)

http://www.asahi.com/national/abductees/K2002122100190.html
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