文献の引用
投稿者: b185472 投稿日時: 2002/12/30 22:04 投稿番号: [36511 / 232612]
【天皇をかつぎだせ】
彼ら
(薩摩・長州・肥前・土佐の諸藩、すなわち日本中の浪人に支援された大阪の商人に支持された幕府に対抗的な封建諸侯の武士)
は、日本がその独立を保持しようとすれば、絶対に不可欠な中央集権化を進める一方で、全国土におよぶ権力を樹立する新しい方法を模索した。
7世紀もの間京都において無気力と貧困と無名の境遇にいた帝を至高の支配者に押し立てることによって、諸藩はこのことを達成した。
「万世不易」
に日本を統治してきたと現在の日本の生徒たちが教えられている皇室の支配はこうして始まった。
不敬罪で起訴されることを避けながらも、実際に起こったことに対して真実の評価を与えようとしている自由主義者の日本人の慎重な言い回しの中に次のような一節がある。
「外国からの侵略の危険性が高まった際のこの闘争は、国家を危機的な状況に追い込んだ。
混乱は深まり、その重大な結果が危惧された。
闘争の当事者たちは各々危機を認識し、国家を統一できる指導者を追い求めた。
その権力が弱まっていたために将軍が前面に立つことはできず、たとえ大きくとも地方的な影響力しかなかった領主の誰一人としてその地位につく者はなく、武士たちもまた支配階級としてその地位に就くほど強力なものとは自らを認識していなかった。
解決策は明らかに天皇であった。」
(岩崎卯一、1916年)
『日本の粘土の足』
p.220より引用、日本経済評論社1998年発行、フリーダ・アトリー1937年著
これは メッセージ 36499 (b185472 さん)への返信です.
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