>差別する側の無自覚
投稿者: ringo_rn 投稿日時: 2002/12/28 22:59 投稿番号: [35910 / 232612]
>京都人がその政権を支持しつづけたのは「差別する醜悪さ」を自覚していたからだ。
そうとも言い切れませんでしょう。
最近知り合った京都の男性は、「カレラは未だに低家賃の公営住宅に住み、自家用車を所有している」と不満げでしたし、伏見の女性は「公営住宅に住んでいるのは普通の人やないで」と、教えてくれたしタクシーに乗って駅裏のどこそこ、と言えば「何であんなガラの悪いとこにいくねん」と聞くし、近所の商店主夫妻はうちが引っ越すときに「子供が結婚する前に、必ずもう一度引っ越しせなあかんで」と教えてくれました。
いずれも京都市内での出来事。
お、一つ忘れておりましたが、当時市内にあるとある野中関係の官庁(笑)のバイトをしておりましたら、主任のおばはんが言いました。部落って不潔って。
ちなみにうちには親戚同様の付き合いの被差別地区の子がいます。
小さい頃は双子のようにいつも一緒にべったりくっついていました。
今も大切な友達だと思っております。
先方の親御さんが、「自分たちは被差別地区の出身だ」と言いました。ダンナはうすうす気付いていたらしいですが、私にはどうでもいいことでした。
ただし前述の商店主が教えてくれた差別感情。店にきたお客が学校の先生を従えてエラソーにあれこれ指図しておりまして、それは公費で図書を購入できる同和地区の「子供のための」制度を親が勝手に好きな本を選んで買うんだそうです。
そばにいたガッコのセンセはへこへこしてたなあ。ああ言う姿を見ると一概に部落民=差別される気の毒な人、とは思えない。
私の友人は高校だけは公費で負担してもらったけど、夜間の専門学校を自力で出て、仕事についた人。そして、円満な性格。
素晴らしい人でした。
私は不誠実な人間ですが、彼女は自分の子の悪さを朗らかに謝罪できる、ほんとうの善良な人でした。
これは メッセージ 35778 (benim_hocam_turk さん)への返信です.
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