米国は日本のために戦うかだろうか
投稿者: i180o 投稿日時: 2002/12/24 12:37 投稿番号: [34680 / 232612]
以下は本の引用:
@ @ @ @ @
次は安全保障条約である。
現時点で、これを当てにするのは日本の最悪の悪夢である。
ものを考える日本人であればだれでも知るように、この条約は危機に履行されずにいるかぎりにおいてのみ役に立つ。
いったん履行されたならば ・・・・・ 日本人が輸出用のウォークマンやホンダの車を作りつづけているときに、太平洋のどこかで米兵や米軍パイロットが日本を守るために死にはじめたならば、安保条約はかならずや、ただちに修復できぬほど対米関係を傷つけるだろう。
この意味で、安保条約は危険ぶくみのアナクロニズム (*) になっている。
これら実際的な問題の底に、もうひとつ問題がある。
この本のはじめに触れた、もっとも扱いにくい問題。
それをオリエンタリズムと呼ぶことができる ・・・・・ もちろん、もっとぶっきらぽうな言い方もある。
ワシントンは、ロンドン、バリ、ボンに、東京にたいしてと同じように話しかけるだろうか。
とうてい考えられない。
ヨーロッパで外交・安全保障問題を交渉するのか、それとも、東京へ送るように、ただ大西洋を越えて命令を送るだけだろうか。
日本では、アメリカの政策とアメリカの姿勢が、戦後一貫して人種の色合いでゆがめられてきたかどうか考えたりしない。
だが、太平洋の西側から見ると、歴然としている。
アジアにおけるわれわれの2世紀の経験を考えるならば、現在のアメリカの態度は驚きではありえない。
この2世紀は、アメリカ人が (アヘン市場も含み) 市場開拓に躍起になってはじめて中国へ航海をした1784年にはじまり、われわれの手による日本の開港、フィリピンの所有、日本の打破と占領、そしてヴェトナムでの敗北とつづいた。
このどの時点で、われわれは当初からの優越性についての自負、つまりは、ヨーロッパの植民者経由で、われわれが引き受けたオリエンタリズムを捨てるという明確なジェスチャーを示しただろうか。
今日、そのような意思表示は権力の問題に、そしてまた (これまで 「アメリカの世紀」 があったように) 日本およびアジアの他国が彼らの世紀に突入したことをわれわれが認めるかどうかにかかっている。
いまワシントンの政策立案者たちは、東アジア地域が強さと重要性を増すにつれ、どうして地域の事態が少しばかり面白くない方向へ進みはじめたのか考えつつ頭を掻く。
日本人が謝罪をめぐってぶつかるのと同じ苦境に、われわれはぶつかる。
ここで有用な反応は、言葉でなく、新しい種類の行動を伴うもの以外にはない。
日本人はこのオリエンタリズムをいくつもの寛容な言い方で片づける。
「どん底にいたときのわれわれを覚えているアメリカ人がまだたくさんいる」 と、ワシントンでの経験が豊かなある寛大な議員が私に言った。
彼らなりのさまざまなコンプレックスのうちに、日本人は彼らが何になったかについて、先のドゴールのようなレッテルづけを受け入れてしまう。
日本がどのように未開発かを認めるのはアメリカの仕事である。
言ってみれば、マッカーサーのにべもない発言の厄介な部分に真理があった。
しかし、昔の真理から脱皮しようとする日本の努力を抑制することはアメリカの本分ではない。
そのようなスタンスはだれの威厳も高めない。
* アナクロニズム
[anachronism] その時代の一般的な流れに逆行していること。時代錯誤。
『日本人だけが知らない日本のカラクリ』
新潮社2000年発行、p.342より引用、パトリック・スミス著 (米国人ジャーナリストで元ニューヨーク・タイムズ記者)
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次は安全保障条約である。
現時点で、これを当てにするのは日本の最悪の悪夢である。
ものを考える日本人であればだれでも知るように、この条約は危機に履行されずにいるかぎりにおいてのみ役に立つ。
いったん履行されたならば ・・・・・ 日本人が輸出用のウォークマンやホンダの車を作りつづけているときに、太平洋のどこかで米兵や米軍パイロットが日本を守るために死にはじめたならば、安保条約はかならずや、ただちに修復できぬほど対米関係を傷つけるだろう。
この意味で、安保条約は危険ぶくみのアナクロニズム (*) になっている。
これら実際的な問題の底に、もうひとつ問題がある。
この本のはじめに触れた、もっとも扱いにくい問題。
それをオリエンタリズムと呼ぶことができる ・・・・・ もちろん、もっとぶっきらぽうな言い方もある。
ワシントンは、ロンドン、バリ、ボンに、東京にたいしてと同じように話しかけるだろうか。
とうてい考えられない。
ヨーロッパで外交・安全保障問題を交渉するのか、それとも、東京へ送るように、ただ大西洋を越えて命令を送るだけだろうか。
日本では、アメリカの政策とアメリカの姿勢が、戦後一貫して人種の色合いでゆがめられてきたかどうか考えたりしない。
だが、太平洋の西側から見ると、歴然としている。
アジアにおけるわれわれの2世紀の経験を考えるならば、現在のアメリカの態度は驚きではありえない。
この2世紀は、アメリカ人が (アヘン市場も含み) 市場開拓に躍起になってはじめて中国へ航海をした1784年にはじまり、われわれの手による日本の開港、フィリピンの所有、日本の打破と占領、そしてヴェトナムでの敗北とつづいた。
このどの時点で、われわれは当初からの優越性についての自負、つまりは、ヨーロッパの植民者経由で、われわれが引き受けたオリエンタリズムを捨てるという明確なジェスチャーを示しただろうか。
今日、そのような意思表示は権力の問題に、そしてまた (これまで 「アメリカの世紀」 があったように) 日本およびアジアの他国が彼らの世紀に突入したことをわれわれが認めるかどうかにかかっている。
いまワシントンの政策立案者たちは、東アジア地域が強さと重要性を増すにつれ、どうして地域の事態が少しばかり面白くない方向へ進みはじめたのか考えつつ頭を掻く。
日本人が謝罪をめぐってぶつかるのと同じ苦境に、われわれはぶつかる。
ここで有用な反応は、言葉でなく、新しい種類の行動を伴うもの以外にはない。
日本人はこのオリエンタリズムをいくつもの寛容な言い方で片づける。
「どん底にいたときのわれわれを覚えているアメリカ人がまだたくさんいる」 と、ワシントンでの経験が豊かなある寛大な議員が私に言った。
彼らなりのさまざまなコンプレックスのうちに、日本人は彼らが何になったかについて、先のドゴールのようなレッテルづけを受け入れてしまう。
日本がどのように未開発かを認めるのはアメリカの仕事である。
言ってみれば、マッカーサーのにべもない発言の厄介な部分に真理があった。
しかし、昔の真理から脱皮しようとする日本の努力を抑制することはアメリカの本分ではない。
そのようなスタンスはだれの威厳も高めない。
* アナクロニズム
[anachronism] その時代の一般的な流れに逆行していること。時代錯誤。
『日本人だけが知らない日本のカラクリ』
新潮社2000年発行、p.342より引用、パトリック・スミス著 (米国人ジャーナリストで元ニューヨーク・タイムズ記者)
これは メッセージ 34679 (b185472 さん)への返信です.