小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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田中均は自分の手柄しか考えない悪魔

投稿者: sofiahuchuutamagawa 投稿日時: 2002/12/01 12:10 投稿番号: [28101 / 232612]
  ◆余   裕◆

  10月15日に被害者5人が帰国した当初、外務省アジア大洋州局長の田中均は余裕の表情を見せていた。

  この時期、政府は田中の目算通り、5人をいったん北朝鮮に戻し、家族を連れて再来日させる日程を確定するとの線で動いていた。田中と極秘の交渉相手の間の“約束”はそれほど重いものと受け止められていた。

  「被害者の子供たちは学校もあり、来月(11月)中の来日は無理だそうですが、北朝鮮は来日に反対していません」

  田中は首相官邸にそう報告した。順調に見えた。

  だが10月16日、北朝鮮が国際社会との約束を裏切って核開発計画を進めていることが明るみに出て、潮目は徐々に変わる。

  官房副長官補の谷内正太郎は北朝鮮への不信感をあらわにし、政府部内で、「五プラス八か、ゼロかだ」と繰り返した。「5人を日本に残し、亡くなったとされる8人の消息を追及すべきだ。北朝鮮に戻したらゼロから始めなければいけない」という意味だった。

  一方の田中は、「北朝鮮政府は5人に『家族も連れて帰ったらどうか』と聞いたが、5人が『子供に日本人であることを話していない』と断った経緯もある」と説き、「すべて合意ずくで進めなければいけない」と強調して回った。

  ◆平行線◆  

  10月22日。中山は地村保志、富貴恵夫妻と曽我ひとみの意思を確認した。3人は異口同音に、「日本に残って家族を待ちたい」と語った。ただ、蓮池薫、祐木子夫妻との接触は、薫が北朝鮮に戻る意思が強いとの情報もあり、中山自身が二の足を踏んでいた。

  10月23日午前10時。その日の早朝、被害者家族会の代表らから5人を北朝鮮に戻さぬよう求められた安倍は、首相官邸の自室に日朝国交正常化交渉担当大使の鈴木勝也、田中、外務省アジア大洋州局参事官の斎木昭隆、北東アジア課長の平松賢司、谷内、中山を集めた。

  安倍「5人を返さないという選択肢も考えたい」

  中山「本人の意思はまだ申し上げられませんが、安倍さんの言う通りです」

  田中「北朝鮮はキレやすい相手だ。そこを考えて欲しい」

  議論は平行線だった。

  午後2時、福田が執務室に安倍を呼び、「田中とよく相談してやって欲しい」と要請した。福田は官邸にあって、田中の強力な擁護者だった。

  午後7時、安倍の執務室に田中と谷内が入った。安倍は田中に再考を求めた。田中は「先方に電話させてもらいたい」と、その場は引き揚げた。

  ◆勝負所◆  

  翌10月24日午前9時半。安倍の執務室に田中、斎木、平松、谷内、中山が顔をそろえた。

  田中が口火を切った。

  「一つ一つ信頼を積み上げてきた。ここで5人を戻さないとすべて崩れる」

  中山は勝負所と見て、地村ら3人の日本残留の意思を初めて明かした。

  それでも田中は、「それは困ると言っている。私と先方の信頼関係はどうなるのか。何とかしてもらえないか」と食い下がった。

  安倍が、「本人がとどまると言っている以上、日本は自由な国だから強制的に送り返せるわけがない。彼らが自由に意思を表明できる環境を作る責任が我々にはある」と反論した。

  中山は、「今は被害者の意思を表に出すべきじゃない。国の意思として5人を日本に残すと言いましょう。批判は我々が受けましょう」と主張し、谷内も「私もそう思う」と同調した。

  田中と二人三脚の平松が、「いやあ、困りましたねえ」とうなった。安倍は一気にたたみかけた。

  「田中さん、5人の帰国はあなたの『信頼関係』のおかげかも知れないが、もはやソフトランディングは成立しない。まさか、外務省が勝手に連れ出すわけにはいかないでしょう」

  田中は顔を真っ赤にし、口を結んだ。

  中山の携帯電話が鳴ったのは、その時だった。(敬称略)(読売新聞)
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