小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

工作機関改編のたびに…拉致被害者は 2/2

投稿者: kitaguniniakogarete 投稿日時: 2010/01/02 19:22 投稿番号: [231922 / 232612]
■工作機関幹部が日本人被害者に「『李恩恵』知ってるか」

蓮池さん、地村さん両夫妻の前から姿を消した田口さんのその後の消息は翌年、帰国した被害者の耳に入った。

「運転手から、『楽園商店で田口さんに会いましたよ。義挙者(韓国から北朝鮮に来た人)と結婚して楽しく暮らしているようでした』という話を聞きました。田口さんは61年7月からしばらく、龍城(リヨンソン)の招待所に住んでいたようです」

帰国被害者の1人は、政府にこう話していた。そしてその時、田口さんは、人民武力省専用であることを示すナンバーがついたベンツに乗っていたという。

それ以降の消息は分かっていない。だが、帰国被害者はその後、こんな奇妙な経験もした。

大韓航空機爆破事件があった62年のある日、拉致被害者を指導・管理している対外情報調査部の副部長が日本人被害者らの元を訪ねた。副部長は「李恩恵(リウネ)という女性を知っているか」と質問。訪ねられた被害者は、帰国後にこのときのことを「自分のところで管理している工作員も分からないなんて、おかしな組織だと感じた」と振り返ったという。

政府関係者は「北朝鮮の特殊機関は極めて狭い範囲で拉致被害者を管理していたことが分かっているが、それでも人事情報が分からなくなるというのは、いったん別の部署へ移管されると、人事記録そのものの所在が分からなくなってしまうのではないか」とみている。

■「存在を表沙汰にできないことは想像に難くない」

「組織改編・人事」があった年を境に日本人被害者の所在が分からなくなったのは61年だけではない。

増元るみ子さんは54年10月まで、蓮池祐木子さんが暮らしていた順安の招待所の別棟に住んでいたが同月下旬を最後に消息不明となった。増元さんと同時に拉致された市川修一さん=同(23)=についても、北朝鮮が「死亡」と主張しているのは54年9月だ。

帰国した拉致被害者は、日本人被害者が組織改編で他部署や他の地域で機密性の高い特殊任務に就かされた可能性についても言及しているという。

政府関係者は、北朝鮮が「死亡」と主張する日本人被害者の情報を出せない背景について、「北朝鮮が拉致被害者を別部署に異動させた場合、人事記録の引き継ぎが不十分である可能性が高い。さらに機密性の高い任務を与えた場合、新たに受け入れた部署は、その存在を表沙汰にできなくなってしまうことは想像に難くない」と分析。

そのうえで、今後の方針について、「拉致被害者が途中で移管されたことで存在が明らかにできなくなってしまったのなら、拉致被害者が現在、北朝鮮のどこで何をさせられているか、十分把握して、北朝鮮側に厳密な結果を要求していかなければならない」と話している。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)