横田めぐみさん拉致、15日で31年
投稿者: prefgovernor 投稿日時: 2008/11/15 18:25 投稿番号: [231591 / 232612]
めぐみさんは今ぐらいの時間までバドミントンの延長練習をしていたんでしょうか?
新潟の拉致幇助、拉致関係者が口をぬぐっていますが、いつでも新潟と言えば「拉致」と私は思います。
「米」でも「スキー場」でもない。
一番始めに思い出すのは 新潟が「拉致」の現場であるということです。そして「万景峰」という犯罪船が入港していた町だということです。
日本政府もすべての民間企業も日本人が現在、誘拐されている誘拐被害に遭っている最中だということを自覚して「国益」のために活動して欲しい・・・
日本が日本人にとって安心して暮らせる国であって欲しい。電脳さん、ありがとう!
http://nyt.trycomp.com/modules/news/article.php?storyid=7745
「まだ助けてあげられない」。両親が待ち続けた日々は、15日で31年になります。中学1年、13歳の時、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親は拉致問題を風化させたくないと、若い世代への訴えを積極的に続けています。
「31年間もめぐみと離ればなれで、全く狂ったような人生になった」(横田早紀江さん)
横田滋さん・早紀江さん夫妻が、中学1年のめぐみさんと過ごした最後の日は31年前、11月15日の朝でした。
「めぐみと同じ、いなくなったときと同じ姿をした皆さんの紺色の制服姿を見るのは本当に切ない思いでいっぱいなんですが、いつもと同じように『お父さん、お母さん、行ってきます』と、お友達とラケットを持って玄関を出ていった。『行ってらっしゃい』と言った。そのときの言葉が最後で、私たちは31年間、めぐみの声を聞くこともできない」(横田早紀江さん)
「毎日家族で一緒に暮らして、学校でお友達と部活動をしたり、勉強したりできることは、当たり前のことなんですが非常に幸せなことなんです」(横田滋さん)
「ずっと捜し続け、1回もあきらめず頑張ってきた。とても印象に残った」
「めぐみさんのことを信じて、待ってあげてほしい」(講演を聴いた中1の生徒)
先月、京都を訪れた横田さん夫妻。
「(10月は)1日からずっと予定が入っていた。今、大事な時だから」(横田早紀江さん)
「一生懸命、麻生さんも言うてはるけど・・・」(友人の内田美智子さん)
「ちゃんと結果を出してくださいって、初めてわかること」(横田早紀江さん)
早紀江さんの同級生たちは、多忙で過労気味な早紀江さんを気遣います。
「早紀江さんが元気でいてくれないと、一生懸命京都で(救出活動)頑張っても・・・」(友人の出口弘子さん)
「私が倒れたらしょうがない」(横田早紀江さん)
「泣きだしそうなんです。だけど泣いていれば、話もできない」「私たちもめぐみに会いたいし、こんな理不尽な別れ方のままで、終わりたくない」(横田早紀江さん)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3994196.html
新潟の拉致幇助、拉致関係者が口をぬぐっていますが、いつでも新潟と言えば「拉致」と私は思います。
「米」でも「スキー場」でもない。
一番始めに思い出すのは 新潟が「拉致」の現場であるということです。そして「万景峰」という犯罪船が入港していた町だということです。
日本政府もすべての民間企業も日本人が現在、誘拐されている誘拐被害に遭っている最中だということを自覚して「国益」のために活動して欲しい・・・
日本が日本人にとって安心して暮らせる国であって欲しい。電脳さん、ありがとう!
http://nyt.trycomp.com/modules/news/article.php?storyid=7745
「まだ助けてあげられない」。両親が待ち続けた日々は、15日で31年になります。中学1年、13歳の時、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親は拉致問題を風化させたくないと、若い世代への訴えを積極的に続けています。
「31年間もめぐみと離ればなれで、全く狂ったような人生になった」(横田早紀江さん)
横田滋さん・早紀江さん夫妻が、中学1年のめぐみさんと過ごした最後の日は31年前、11月15日の朝でした。
「めぐみと同じ、いなくなったときと同じ姿をした皆さんの紺色の制服姿を見るのは本当に切ない思いでいっぱいなんですが、いつもと同じように『お父さん、お母さん、行ってきます』と、お友達とラケットを持って玄関を出ていった。『行ってらっしゃい』と言った。そのときの言葉が最後で、私たちは31年間、めぐみの声を聞くこともできない」(横田早紀江さん)
「毎日家族で一緒に暮らして、学校でお友達と部活動をしたり、勉強したりできることは、当たり前のことなんですが非常に幸せなことなんです」(横田滋さん)
「ずっと捜し続け、1回もあきらめず頑張ってきた。とても印象に残った」
「めぐみさんのことを信じて、待ってあげてほしい」(講演を聴いた中1の生徒)
先月、京都を訪れた横田さん夫妻。
「(10月は)1日からずっと予定が入っていた。今、大事な時だから」(横田早紀江さん)
「一生懸命、麻生さんも言うてはるけど・・・」(友人の内田美智子さん)
「ちゃんと結果を出してくださいって、初めてわかること」(横田早紀江さん)
早紀江さんの同級生たちは、多忙で過労気味な早紀江さんを気遣います。
「早紀江さんが元気でいてくれないと、一生懸命京都で(救出活動)頑張っても・・・」(友人の出口弘子さん)
「私が倒れたらしょうがない」(横田早紀江さん)
「泣きだしそうなんです。だけど泣いていれば、話もできない」「私たちもめぐみに会いたいし、こんな理不尽な別れ方のままで、終わりたくない」(横田早紀江さん)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3994196.html
これは メッセージ 223199 (prefgovernor さん)への返信です.