醜きものたちの責任論
投稿者: nanking_victory1937 投稿日時: 2007/10/10 00:21 投稿番号: [230825 / 232612]
>shinzerosen01
>「一つの考え」ではなくて、事の本質です。
・・・
「あれだけ大きな犠牲を国に
負わせたのであり、
時の指導者に責任をとってもらうのは
一つの考え方」/古賀代議士
>これは古賀誠氏の政治家としての
自戒であり、誇りであろうと思います。
何が誇りだ?
古賀は間違っている。
古賀という人間が
東条が敵国に殺された後も
「東条に責任を取らせたい」と思うのは
古賀の個人的怨みの感情であり
それは日本国民の民意とは関係無い。
そのような個人的感情を
政治の中枢にいる人間が国民に向け
正論が如きに発信する事は、
政治モラルの根幹に反する。
国民の中には
他の兵士たちと同様に
日本の為に戦い、命を捧げた
一日本軍兵士として
「分祀」などと騒ぎ立てないで
今のまま静かに
靖国神社にお祀りしてあげたい。
そっとしておいてあげたい。
そう思う、
「生き残った人間の良心」のある人達も
たくさんいる。
〜
●昭和16年8月1日
「アメリカ/対日石油禁輸・断行」
『開戦前夜』〜
〇東条大将/
「アメリカが日本に対して、
支那全土から撤兵して支那事変以前の状態に
復する事などを要求しているが、
陸軍大臣として、また日本陸軍として
支那大陸で生命を捧じた尊い英霊に対し、
絶対に認めることは出来ない。」
「思い切って戦争をやれば
勝利の公算は二分の一であるが
このままで滅亡するよりは良いと思う」
〇国民世論/
「国民の覚悟は出来ている。
ひじきの塩漬けで国難に処せんとする決意は
すでに立っている。
待つのは『進め』の大号令のみ」
〜朝日新聞/昭和16年9月17日
開戦前、
東条と国民は、同じ心境にあったのだ。
「戦争が正しい選択」という認識でも
両者は一致していた。
それが、
戦争に敗れ、
占領終結後間もなくは、
戦犯の名誉回復・靖国合祀に
4千万もの署名を集めながら
その後、生き残った日本人が、豹変し、
日本人を代表して
敵国に処刑された東条に向かって
死んだ後々までも
「責任を取れ!」と追求する。
彼等に
そんな資格があるのだろうか?
私は
戦後世代
〜戦争に全く責任の無い世代として
死者に対し
そんな非礼な話はないと思う。
>すべての国民が戦争を望んだとしても
政治家は国家の破滅を防ぐ責任がある。
愚か者め。
日本の国力が劣る事を承知しながら
開戦を支持した全ての国民に
敗戦に対する自己責任が在るのだ。
〜
● 東条英機 /獄中の言葉〜
「敗戦にまで追い込んだ私の責任は、
国民に対して八つ裂きにされてもいい。」
〜
私は
敗戦後も生き延びた日本人を前に
東条という戦争指導者は
「死」をもって既に責任を取っている。
そう認識している。
かつては一つの国家目標のため
一致して戦った
敵国に殺された人間を
生き残った人間、そしてその子孫が
追悼するならいざ知らず
「お前は死んでも責任がある」
「お前は靖国に祀ってはやらない」
と言う
その神経は、どこまでも私には醜い。
〜
「時の指導者に責任をとってもらうのは
一つの考え方だ」/古賀
「失敗した戦争を始めた政治家を、
失敗した戦争の犠牲になった人たちと
おなじ神社に祀ることは
どう見てもおかしなことです」
/shinzerosen01
お二人とも、
死んだ人間に鞭打って、楽しい?
〜
「醜さ」という意味において二人は共通している。
・・・
>「一つの考え」ではなくて、事の本質です。
・・・
「あれだけ大きな犠牲を国に
負わせたのであり、
時の指導者に責任をとってもらうのは
一つの考え方」/古賀代議士
>これは古賀誠氏の政治家としての
自戒であり、誇りであろうと思います。
何が誇りだ?
古賀は間違っている。
古賀という人間が
東条が敵国に殺された後も
「東条に責任を取らせたい」と思うのは
古賀の個人的怨みの感情であり
それは日本国民の民意とは関係無い。
そのような個人的感情を
政治の中枢にいる人間が国民に向け
正論が如きに発信する事は、
政治モラルの根幹に反する。
国民の中には
他の兵士たちと同様に
日本の為に戦い、命を捧げた
一日本軍兵士として
「分祀」などと騒ぎ立てないで
今のまま静かに
靖国神社にお祀りしてあげたい。
そっとしておいてあげたい。
そう思う、
「生き残った人間の良心」のある人達も
たくさんいる。
〜
●昭和16年8月1日
「アメリカ/対日石油禁輸・断行」
『開戦前夜』〜
〇東条大将/
「アメリカが日本に対して、
支那全土から撤兵して支那事変以前の状態に
復する事などを要求しているが、
陸軍大臣として、また日本陸軍として
支那大陸で生命を捧じた尊い英霊に対し、
絶対に認めることは出来ない。」
「思い切って戦争をやれば
勝利の公算は二分の一であるが
このままで滅亡するよりは良いと思う」
〇国民世論/
「国民の覚悟は出来ている。
ひじきの塩漬けで国難に処せんとする決意は
すでに立っている。
待つのは『進め』の大号令のみ」
〜朝日新聞/昭和16年9月17日
開戦前、
東条と国民は、同じ心境にあったのだ。
「戦争が正しい選択」という認識でも
両者は一致していた。
それが、
戦争に敗れ、
占領終結後間もなくは、
戦犯の名誉回復・靖国合祀に
4千万もの署名を集めながら
その後、生き残った日本人が、豹変し、
日本人を代表して
敵国に処刑された東条に向かって
死んだ後々までも
「責任を取れ!」と追求する。
彼等に
そんな資格があるのだろうか?
私は
戦後世代
〜戦争に全く責任の無い世代として
死者に対し
そんな非礼な話はないと思う。
>すべての国民が戦争を望んだとしても
政治家は国家の破滅を防ぐ責任がある。
愚か者め。
日本の国力が劣る事を承知しながら
開戦を支持した全ての国民に
敗戦に対する自己責任が在るのだ。
〜
● 東条英機 /獄中の言葉〜
「敗戦にまで追い込んだ私の責任は、
国民に対して八つ裂きにされてもいい。」
〜
私は
敗戦後も生き延びた日本人を前に
東条という戦争指導者は
「死」をもって既に責任を取っている。
そう認識している。
かつては一つの国家目標のため
一致して戦った
敵国に殺された人間を
生き残った人間、そしてその子孫が
追悼するならいざ知らず
「お前は死んでも責任がある」
「お前は靖国に祀ってはやらない」
と言う
その神経は、どこまでも私には醜い。
〜
「時の指導者に責任をとってもらうのは
一つの考え方だ」/古賀
「失敗した戦争を始めた政治家を、
失敗した戦争の犠牲になった人たちと
おなじ神社に祀ることは
どう見てもおかしなことです」
/shinzerosen01
お二人とも、
死んだ人間に鞭打って、楽しい?
〜
「醜さ」という意味において二人は共通している。
・・・
これは メッセージ 230804 (shinzerosen01 さん)への返信です.