「一つの考え」ではなくて、事の本質です。
投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2007/10/06 20:57 投稿番号: [230804 / 232612]
日本遺族会の会長を務める自民党の古賀選挙対策委員長は、津市で講演し、靖国神社のあり方について、「天皇陛下も含め、国民すべてが参拝できる施設にすべきだ」と述べ、A級戦犯を分けてまつる「分祀」に向けて、環境整備が進むことに期待を示しました。
この中で、古賀選挙対策委員長は「わたしは、さきの大戦の責任がA級戦犯だけにあると言うつもりはない。ただ、あれだけ大きな犠牲を国に負わせたのであり、時の指導者に責任をとってもらうのは一つの考え方だ」と述べました。そのうえで、古賀氏は、日本遺族会が勉強会を発足させ、靖国神社をめぐる問題に関する検討を進めていることに触れ、「靖国神社が、戦没者を追悼する唯一の施設であるということを基本に、天皇陛下も含め、国民すべてがお参りできる施設として残すべきだ。わたし自身、そういう気持ちで議論を見守っていきたい」と述べ、A級戦犯の「分祀」に向けて、環境整備が進むことに期待を示しました。
NHKニュース
「あれだけ大きな犠牲を国に負わせたのであり、時の指導者に責任をとってもらうのは一つの考え方」
これは古賀誠氏の政治家としての自戒であり、誇りであろうと思います。戦中の先輩政治家の遺族に、祖先が国民のリーダーだったことに誇りがあるなら、自ら分祀を願い出てほしいとも言っているように聞こえる。
戦後の日本が戦争で亡くなった多くの日本人の犠牲の上に成り立っているというのは事実としても、戦勝国に裁判にかけられて刑死した人たちも戦後日本の礎になったというのは、たとえ話としてはそう言えるかも知れませんが、言い切ってしまうのは(非常に)違和感がある。
太平洋戦争は明らかに失敗です。失敗した戦争を始めた政治家を、失敗した戦争の犠牲になった人たちとおなじ神社に祀ることはどう見てもおかしなことです。
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