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普遍なる日本の国旗・国歌と愛国心

投稿者: nanking_victory1937 投稿日時: 2007/02/28 10:44 投稿番号: [230246 / 232612]
最高裁判決は、極めて妥当であるが、

ただ...

この国旗・国歌についての一連の裁判で、
私がいつも釈然としない思いに至るのは、
裁判所も実は、
本質的な問題から目を背けているのではないか、
という疑問を感じる事である。

「君が代が過去の日本のアジア侵略と結びついている、
  とする教諭の歴史観・世界観自体を否定しない」

これは、裁判所が、
原告の思想・信条の自由を
尊重する配慮から述べた言葉であるが、

では、日本国の司法は、
日の丸・君が代が
「過去の日本のアジア侵略と結びついている」
という事を
肯定するのか、否定するのか?

その認識と立場が明確に示されていない事が、
日本国の国旗・国歌の
存在理念を曖昧にしているように思われるのだ。

(侵略という言葉は現在、
  「悪業」というネガティブな意味で
  一般に使われているが、
  私は、第二次大戦以前の歴史上、
  「全ての戦争は、侵略戦争である」とする立場であり
  侵略戦争という言葉自体が誤謬であると考えており、
  大日本帝国の戦争のみが悪業であったと規定したがる
  精神のもとに使われる「侵略」をここでは敢えて使わず、
  以下、単に「戦争」と表示する事にする。)


明治時代・大正時代・昭和時代(〜20年)、
日本は、「大日本帝国」という国家であった。

そして昭和時代(20年〜)・平成時代、
日本は、「日本国」という国家である。

大日本帝国は昭和時代、

中国大陸において
中国国民党と

太平洋上において
アメリカ合衆国と戦争をした。

その戦争遂行にあたり
外地で日本軍兵士は「日の丸」に忠誠を誓い戦い、
国内で国民は「日の丸」を掲げ、「君が代」を斉唱し
日本の戦勝と兵士の無事を祈った。

大日本帝国において
日本人と「日の丸」「君が代」は、
深い愛国心によって結ばれていた。

歴史上に存在したその日本人の姿は、
時代がどのように変化しようとも
決して「悪」として捉えるものではなく
「永遠に尊いもの」であり

戦後日本国は軍を無くしたが、
現在、軍を有する世界中のどの国の前でも
誇る事の出来る、
国家と国民の間の立派な関係性が、
そこには存在していた。

   〜

現日本国は、「大日本帝国」と

全く同じ「日の丸」を国旗とし、
全く同じ「君が代」を国歌としている。

世界中、どこの国であろうとも
「国民」と「国旗・国歌」を媒介するものは

「愛国心」である。

「愛国心」とは、自分の国を愛する「心」である。

たとえ国家体制が変革しても、

同じ歴史・伝統を有し
同じ国旗・国歌を制定する国家〜

大日本帝国の日本国民と「日の丸」「君が代」の間に在った
愛国心と

現日本国の日本国民と「日の丸」「君が代」との間に在る
愛国心の間に、

根本的にどうして違いなど、あろうものか?

もし違うと言うのであれば、

それはその人に、単に愛国心が無いに過ぎない。

我々は、靖国神社に祀られている御霊をはじめ
戦争で命を落とした全ての日本人の血と精神の上に
生を受けている。

我々が、彼等の血と精神に感謝をする事はあろうとも、
彼等の愛国心を悪として否定する事など

同じ血族であるならば、出来よう筈がない。

あらためて、
現日本国は、
大日本帝国と同じ国旗・国歌を持っている。

その同じ国旗・国歌を前に
同じ日本人が、
大日本帝国の愛国心に敬意を払う事をせずして
日本国に真の愛国心など根付く筈など
絶対に無いのだ。

現日本国の司法が、
国旗・国歌法を公法として
国の規範とするのなら

偏狂な国民の思想・信条の自由をどうこう言う以前に

「大日本帝国国民の
  日の丸・君が代、
  それに伴う愛国心を尊重し、敬意を表する」

そういう姿勢を国の根幹に据え、

司法当局の愛国心の在り方を確立する事が

日本国の法を司る者としての絶対的責務である。

  ・・・
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