Re: 北朝鮮の読み
投稿者: komash0427 投稿日時: 2006/10/14 00:50 投稿番号: [229585 / 232612]
>北朝鮮にすれば「勝利」なのでしょうけど、長年にわたって民間経済と人民の生活を犠牲にして、軍と核とミサイルに予算を集中し、近年は苦難の行軍とか先軍政治といっている。それはもう文字通り<一将功成って万骨枯れる>の状態で、とにもかくにも金王朝権力体制の維持が目的なのですから、その意味では勝利なのでしょうね。
「今はただうらみもあらじ諸人(もろびと)のいのちにかはる我が身とおもへば」
今朝の日経コラムに紹介されていた戦国武将の辞世の句。
秀吉に水攻めにされた播磨の三木城の城主、別所長治は2年近くも篭城したそうですが、領民や兵士の助命と引き換えについに開城しました。
奴は戦国武将の足元にも及ばないですね。
>早くもMD計画の前倒しが報じられていますが、来年度の予算の目玉は防衛費の中のMD費ということになるかも。
>精度が不確かで税金の無駄遣いとの論もありますが、現行憲法からして、これを進めるしかないでしょう。
核兵器保有を阻止していればMDも脚光は浴びませんでした。ひょっとすると軍産官複合体にはめられてやしませんか?
>不安を醸成して日本人の心の奥底に沈殿し堆積していくのでしょうね。その不安が日常化すれば、不安でもなくなってしまうが、新たな情報が入れば、攪拌し心の表面に浮いてくる。
まったく的確な表現しますね。9日、10日はそんな気分でした。自分はともかく幼子をどうやって危険から遠ざけようかとそんなことばかり考えていました。
>私個人のことを言えば、北の核のことで一番ショックだったのは、03年4月に米中朝の3カ国会議を北京で開いたときに、北の代表が核兵器の保有を米国に伝えたときですね。
>あのときは、(胃カメラではなく)何か石を飲まされたような気持ちになったものですが、それ以後はどうも”核不感症”になったようです(笑)。
このときはまた北のこけおどしだろうと流していました。
自分的には、拉致被害者5人が家族を北に残したまま帰国中のときに、高濃縮ウラン開発計画を報じられたときだったでしょうか。
駅頭の新聞売り場におどろおどろしく「北、核開発疑惑」というチラシが垂れていたのを見たとき、自分というよりは被害者がこれでもかこれでもかと北に翻弄される運命を思うとショックをうけました。
>かくして金正日は米帝の圧力から祖国を守り抜いた偉大な将軍になり、家族・親戚に飢餓で命を失った多くの人民は、したくもない拍手とマンセーで讃えるという構図が続きます。こういう構図は権力の下の人間ということで、人間の最も弱みをついたものではないでしょうか。
><完成されたファシズム>というべき。
凍土の人民も実は、”米帝不感症"だったりして。
・忠孝を重んじる儒教思想の悪用
・血縁重視による排他的人間関係
・鎖国社会と仮想敵国創出による内部統制
・革命思想による社会内部の敵対関係、憎悪心の増長
・徹底した密告社会
これら5点セットで完成されましたか?
「共産主義者は無謬であり、人民を嚮導する」
実は、共産主義者だけでなく儒者にも置き換えることができます。
儒教社会が近代化によって破壊されずにそのまま残り、その社会の上に共産主義イデオロギーがずっぽりと覆った成れの果て。
>年10月にオルブライト長官が訪朝したときにも、北は94年の米朝枠組合意にもかかわらず、影に隠れて核開発をやっていたということでしょう。
>核兵器開発の方針を一瞬たりとも忘れていなかったということです。黄長菀も核兵器については、早い内に完成との報告を受けていたとのこと。
将軍様、笑いをこらえるの大変だったかも。わが世の春を謳歌していたかな?。
(→)
「今はただうらみもあらじ諸人(もろびと)のいのちにかはる我が身とおもへば」
今朝の日経コラムに紹介されていた戦国武将の辞世の句。
秀吉に水攻めにされた播磨の三木城の城主、別所長治は2年近くも篭城したそうですが、領民や兵士の助命と引き換えについに開城しました。
奴は戦国武将の足元にも及ばないですね。
>早くもMD計画の前倒しが報じられていますが、来年度の予算の目玉は防衛費の中のMD費ということになるかも。
>精度が不確かで税金の無駄遣いとの論もありますが、現行憲法からして、これを進めるしかないでしょう。
核兵器保有を阻止していればMDも脚光は浴びませんでした。ひょっとすると軍産官複合体にはめられてやしませんか?
>不安を醸成して日本人の心の奥底に沈殿し堆積していくのでしょうね。その不安が日常化すれば、不安でもなくなってしまうが、新たな情報が入れば、攪拌し心の表面に浮いてくる。
まったく的確な表現しますね。9日、10日はそんな気分でした。自分はともかく幼子をどうやって危険から遠ざけようかとそんなことばかり考えていました。
>私個人のことを言えば、北の核のことで一番ショックだったのは、03年4月に米中朝の3カ国会議を北京で開いたときに、北の代表が核兵器の保有を米国に伝えたときですね。
>あのときは、(胃カメラではなく)何か石を飲まされたような気持ちになったものですが、それ以後はどうも”核不感症”になったようです(笑)。
このときはまた北のこけおどしだろうと流していました。
自分的には、拉致被害者5人が家族を北に残したまま帰国中のときに、高濃縮ウラン開発計画を報じられたときだったでしょうか。
駅頭の新聞売り場におどろおどろしく「北、核開発疑惑」というチラシが垂れていたのを見たとき、自分というよりは被害者がこれでもかこれでもかと北に翻弄される運命を思うとショックをうけました。
>かくして金正日は米帝の圧力から祖国を守り抜いた偉大な将軍になり、家族・親戚に飢餓で命を失った多くの人民は、したくもない拍手とマンセーで讃えるという構図が続きます。こういう構図は権力の下の人間ということで、人間の最も弱みをついたものではないでしょうか。
><完成されたファシズム>というべき。
凍土の人民も実は、”米帝不感症"だったりして。
・忠孝を重んじる儒教思想の悪用
・血縁重視による排他的人間関係
・鎖国社会と仮想敵国創出による内部統制
・革命思想による社会内部の敵対関係、憎悪心の増長
・徹底した密告社会
これら5点セットで完成されましたか?
「共産主義者は無謬であり、人民を嚮導する」
実は、共産主義者だけでなく儒者にも置き換えることができます。
儒教社会が近代化によって破壊されずにそのまま残り、その社会の上に共産主義イデオロギーがずっぽりと覆った成れの果て。
>年10月にオルブライト長官が訪朝したときにも、北は94年の米朝枠組合意にもかかわらず、影に隠れて核開発をやっていたということでしょう。
>核兵器開発の方針を一瞬たりとも忘れていなかったということです。黄長菀も核兵器については、早い内に完成との報告を受けていたとのこと。
将軍様、笑いをこらえるの大変だったかも。わが世の春を謳歌していたかな?。
(→)
これは メッセージ 229567 (sofiansky2003 さん)への返信です.