9/16柏駅東口にて 安倍晋三さん(1)
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2006/09/26 22:09 投稿番号: [229409 / 232612]
*9/16 柏駅東口にて
安倍晋三さん(1)
aoi blog
http://aoinomama13.seesaa.net/article/23997153.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。街頭ですので、聞き取りに間違いのある可能性があります。どうぞご了承ください。(・・・は聞き取り不能です)
【安倍晋三さん・内閣官房長官】
(柏レイソル応援団の太鼓での応援「ドドンガドンドン!あーべしんぞうっ!!」で始まりました)
皆さん、こんにちは。この度、自由民主党の総裁選挙に戦後生まれのトップバッターとして挑戦をしております、安倍晋三でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。今日はこの柏の駅前のダブルデッキに、本当にたくさんの皆さまにこうしてお集まりいただきましたこと、厚く御礼を申し上げる次第であります。
柏の駅前のこのダブルデッキの上ではストリートミュージシャンが演奏して、それはもうずいぶん有名になっています。今日はだいぶ様相を変えておりました。ミュージシャン風はこの(司会の)山本一太ひとりでありました。あとはだいぶ人相が違いますが、我々はストリート政治家として皆さまに直接訴えていきたい、そう考えています。
ただ今、桜田義孝(内閣府経済財政政策・金融担当)副大臣から力強いご挨拶がございました。桜田副大臣は小泉内閣のまさに改革の先頭に立って、副大臣として日本の新しい姿を作っていくための“道州制”を推進していこう、北海道の道州制を特区、この法案を一人でまとめて先般の国会に提出をしました。かつてなかなか若手の議員にはそんなことは出来なかった。今は力と政策と熱意があれば、しっかりと大きな政策を前に進めていくことが出来るようになったんです。皆さん、ずいぶん自由民主党は変わってきた、こう思います。
3年前に私が自民党の幹事長に就任を致しました時に、「自由民主党を変えなければならない」小泉さんは「自民党をぶっ壊す」と「今のままでは自民党、国民の期待・声に保されて新しい日本を作っていくことは出来ない」、そう小泉さんは考えた、私は確かにその通りだったと思います。その小泉さんと共に私は自由民主党の改革を行いました。若い情熱あふれる、そして能力のある、政策立案能力のある、そういう人たちが自由民主党から国会の場にうって出る、そういうしくみを作ろう、とその考えで私は“公募制度”を作りました。
大変難しい導入でありましたが、大きな反対もありましたが、思い切ってこの制度を導入した。そして昨年の総選挙ではこの公募制度、多くの今までは自民党ではとてもおそらく立候補出来なかっただろう、しかし有為な人材が多くこの公募に答えてくれて手を上げていただいた。今、国会議員として本当に活躍をしています。今日もこの壇上にそして下に、皆さん足を運んでもらいました。自由民主党はオープンな政党になったんです。
続く
http://aoinomama13.seesaa.net/article/23997153.html
*撮影したビデオカメラから文字化しました。街頭ですので、聞き取りに間違いのある可能性があります。どうぞご了承ください。(・・・は聞き取り不能です)
【安倍晋三さん・内閣官房長官】
(柏レイソル応援団の太鼓での応援「ドドンガドンドン!あーべしんぞうっ!!」で始まりました)
皆さん、こんにちは。この度、自由民主党の総裁選挙に戦後生まれのトップバッターとして挑戦をしております、安倍晋三でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。今日はこの柏の駅前のダブルデッキに、本当にたくさんの皆さまにこうしてお集まりいただきましたこと、厚く御礼を申し上げる次第であります。
柏の駅前のこのダブルデッキの上ではストリートミュージシャンが演奏して、それはもうずいぶん有名になっています。今日はだいぶ様相を変えておりました。ミュージシャン風はこの(司会の)山本一太ひとりでありました。あとはだいぶ人相が違いますが、我々はストリート政治家として皆さまに直接訴えていきたい、そう考えています。
ただ今、桜田義孝(内閣府経済財政政策・金融担当)副大臣から力強いご挨拶がございました。桜田副大臣は小泉内閣のまさに改革の先頭に立って、副大臣として日本の新しい姿を作っていくための“道州制”を推進していこう、北海道の道州制を特区、この法案を一人でまとめて先般の国会に提出をしました。かつてなかなか若手の議員にはそんなことは出来なかった。今は力と政策と熱意があれば、しっかりと大きな政策を前に進めていくことが出来るようになったんです。皆さん、ずいぶん自由民主党は変わってきた、こう思います。
3年前に私が自民党の幹事長に就任を致しました時に、「自由民主党を変えなければならない」小泉さんは「自民党をぶっ壊す」と「今のままでは自民党、国民の期待・声に保されて新しい日本を作っていくことは出来ない」、そう小泉さんは考えた、私は確かにその通りだったと思います。その小泉さんと共に私は自由民主党の改革を行いました。若い情熱あふれる、そして能力のある、政策立案能力のある、そういう人たちが自由民主党から国会の場にうって出る、そういうしくみを作ろう、とその考えで私は“公募制度”を作りました。
大変難しい導入でありましたが、大きな反対もありましたが、思い切ってこの制度を導入した。そして昨年の総選挙ではこの公募制度、多くの今までは自民党ではとてもおそらく立候補出来なかっただろう、しかし有為な人材が多くこの公募に答えてくれて手を上げていただいた。今、国会議員として本当に活躍をしています。今日もこの壇上にそして下に、皆さん足を運んでもらいました。自由民主党はオープンな政党になったんです。
続く
これは メッセージ 229332 (aoinomama13 さん)への返信です.