Re: 硫黄島の戦闘と分祀論 ②
投稿者: komash0427 投稿日時: 2006/08/27 00:15 投稿番号: [229115 / 232612]
>この決別の言葉の中に大本営の上官の責任を問うメンタリティーは一切ない。
>絶体絶命の状況下であるのは、「皇国の必勝と安泰を願う」という両者に一致した信念だけであった。
>そこに「戦争指導者=悪」「戦場に屍れた兵士=悪の犠牲者」という後年の認識の「種」は皆無だった。
>それが、歴史的事実である。
〜
>昔、歴史を「鏡」と言った。
>「過去」にあった事実・精神をそのまま「今」の心に写し出す。
>日本人の歴史に対する態度は、太古よりずっとそういうものだった。
>その日本人という人間の基本的経験を捨て、「過去を『解釈と批判』で捉える事」=「歴史を知る事」と、信じて疑わない態度は、単に本当の歴史から目を背けているに過ぎない。
>繰り返すが、「あの戦争は誰々の責任だ。誰々が悪かったのだ。」
>それは、戦争で生き残った世代の戦後史であって日米戦争の歴史の真実とは何ら関係の無いものなのだ。
>『歴史は鏡である』
>「歴史を知る」ことの本当の意味であり、その本当の意味を取り戻すことが、戦争で生き残った世代が去った後、後世の歴史家である次の世代の日本人に課せられた、重要な課題である。
「歴史は過去と現在のキャッチボール」とも。
ボールを投げっぱなしではなく、ボールを取ったら投げ返し、またボールを受け取る。キャッチした時の感触やいいボールを投げたときのイメージを大事にするからキャッチボールはうまくなるのに。
「過去」が捕球できないボールを投げておいて、そんなボールを投げた「現在」が、ボールを取れない「過去」のせいにするのが昨今の風潮。
歴史を断絶させるものは、その時代感覚を奪うこと。
古今東西、王朝交代や革命による政権交代がおきると前の時代を徹底的に破壊しつくし悪い時代だったと貶め、ことあるごとに否定し、賢しらに新しい「時代」を正当化する。
敗戦後の占領政策や民主化政策はまさに占領民主主義革命。
日本には民主化する力はなかった、米国の占領政策に過ちは多かったが民主主義の普及に大きく貢献したとポチ保守派は恥ずかしげもなく公言するけど、それなら保守の看板ははずして欲しい。
「戦場に屍れた兵士=悪の犠牲者」が国柄を無視して国民主権をほしいままにし、いつしか自由を「個人の勝手でしょ」へすり替え、倫理もへったくれもなく何でもしてしまう。
「個人の自由」だからいいじゃないかと開き直る。
これは メッセージ 229081 (nanking_victory1937 さん)への返信です.
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