謎の組織「科協」に迫る (3)
投稿者: kyabaajp 投稿日時: 2006/06/09 21:13 投稿番号: [228409 / 232612]
十二の支部と八つの専門委員会
「在日本朝鮮人科学技術協会(科協・KAST)は、在日コリアン科学者・技術者・生産企業家たちをはじめ自然科学に携わる教職員と大学院生たちを網羅する団体です」。
科協が自らの組織について説明する言葉がこれである。
まずは教科書的な説明から始めよう。
本部にあたる「科協中央」は、東京都文京区白山4-33-14に所在する「朝鮮出版会館」の6階にある。
支部は全国にわたっている。東京都エリアのみ「東京」「西東京」そして「朝鮮大学校支部」の三つの支部を擁し、これ以外の地域ではそれぞれ神奈川(神奈川県)、北海道(北海道全域)、東北(青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島)、東海(岐阜、静岡、愛知、三重、長野)、京都(京都、滋賀)、大阪(大阪、奈良、和歌山)、兵庫(兵庫県)、中四国(鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知)、九州(福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島)の八エリアに支部を置いている。
以下、本部およびこれら支部の総称を「科協」と呼ぶ。
科協の歴史は古い。終戦の翌年である四六年六月、関東で「在日本朝鮮科学者協会」が生まれ、五四年五月に「在日本朝鮮人自然科学技術協会」となった。いっぽう関西では五三年七月に「在日本朝鮮自然科学者協会」が産声を上げた。この東西の科学者組織は五九年四月に合体し、医学部門を含む「在日本朝鮮人自然科学技術者協会」となる。
だが後続する二ヶ月の間に、この組織は劇的発展を遂げる。「在日朝鮮社会科学者協会」と「在日朝鮮医薬学協会」を吸収し、同年六月二十八日、科学と名の付くあらゆる分野を包含した「在日本朝鮮人科学者協会」が誕生したのだ。
以後この組織形態は十六年続くのだが、この間に社協(在日本朝鮮社会科学者協会)、医協(在日本朝鮮人医学協会)が独立分離し、八五年七月十四日に、自然科学に特化した集団である「在日本朝鮮人科学技術協会」に再び改編され、現在に至っている。
科協は運営にあたって三年ごとの「期(ターム)」を定める。二〇〇四年〜二〇〇六年……つまり本文執筆現在は「十七期」に該当する。
科協は八つの「専門委員会」を設けている。数学専門委員会、物理学専門委員会、化学材料専門委員会、生物農学専門委員会、機械自動化専門委員会、コンピュータ専門委員会、土木建築専門委員会、電気電子専門委員会である。
各専門委員会には、それぞれ分科会ともいえる「研究会」がある。たとえば化学材料専門委員会には「精密有機化学研究会」「超伝導研究会」「水素エネルギー研究会」「環境問題研究会」「エネルギー研究会」が、物理専門委員会には「レーザー研究会」、生物農学専門委員会には「植物生理研究会」「微生物研究会」「細胞および遺伝子工学研究会」「自然保護研究会」が……といった調子だ。
役員には会長一名、常任理事に四名、副会長に十名、顧問十名、そのほか研究部長、技術部長、広報企画部長、総務部副部長、事務部長、そして八つの専門委員会につき委員長がそれぞれ一名、さらに財政監査四名が座している。
会長は朝鮮大学校理学部卒の黄竽洪氏であることはニュース等でも報じられているが、その他の役員やメンバーについてはほとんど知られていないのが実情だろう。
「在日本朝鮮人科学技術協会(科協・KAST)は、在日コリアン科学者・技術者・生産企業家たちをはじめ自然科学に携わる教職員と大学院生たちを網羅する団体です」。
科協が自らの組織について説明する言葉がこれである。
まずは教科書的な説明から始めよう。
本部にあたる「科協中央」は、東京都文京区白山4-33-14に所在する「朝鮮出版会館」の6階にある。
支部は全国にわたっている。東京都エリアのみ「東京」「西東京」そして「朝鮮大学校支部」の三つの支部を擁し、これ以外の地域ではそれぞれ神奈川(神奈川県)、北海道(北海道全域)、東北(青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島)、東海(岐阜、静岡、愛知、三重、長野)、京都(京都、滋賀)、大阪(大阪、奈良、和歌山)、兵庫(兵庫県)、中四国(鳥取、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知)、九州(福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島)の八エリアに支部を置いている。
以下、本部およびこれら支部の総称を「科協」と呼ぶ。
科協の歴史は古い。終戦の翌年である四六年六月、関東で「在日本朝鮮科学者協会」が生まれ、五四年五月に「在日本朝鮮人自然科学技術協会」となった。いっぽう関西では五三年七月に「在日本朝鮮自然科学者協会」が産声を上げた。この東西の科学者組織は五九年四月に合体し、医学部門を含む「在日本朝鮮人自然科学技術者協会」となる。
だが後続する二ヶ月の間に、この組織は劇的発展を遂げる。「在日朝鮮社会科学者協会」と「在日朝鮮医薬学協会」を吸収し、同年六月二十八日、科学と名の付くあらゆる分野を包含した「在日本朝鮮人科学者協会」が誕生したのだ。
以後この組織形態は十六年続くのだが、この間に社協(在日本朝鮮社会科学者協会)、医協(在日本朝鮮人医学協会)が独立分離し、八五年七月十四日に、自然科学に特化した集団である「在日本朝鮮人科学技術協会」に再び改編され、現在に至っている。
科協は運営にあたって三年ごとの「期(ターム)」を定める。二〇〇四年〜二〇〇六年……つまり本文執筆現在は「十七期」に該当する。
科協は八つの「専門委員会」を設けている。数学専門委員会、物理学専門委員会、化学材料専門委員会、生物農学専門委員会、機械自動化専門委員会、コンピュータ専門委員会、土木建築専門委員会、電気電子専門委員会である。
各専門委員会には、それぞれ分科会ともいえる「研究会」がある。たとえば化学材料専門委員会には「精密有機化学研究会」「超伝導研究会」「水素エネルギー研究会」「環境問題研究会」「エネルギー研究会」が、物理専門委員会には「レーザー研究会」、生物農学専門委員会には「植物生理研究会」「微生物研究会」「細胞および遺伝子工学研究会」「自然保護研究会」が……といった調子だ。
役員には会長一名、常任理事に四名、副会長に十名、顧問十名、そのほか研究部長、技術部長、広報企画部長、総務部副部長、事務部長、そして八つの専門委員会につき委員長がそれぞれ一名、さらに財政監査四名が座している。
会長は朝鮮大学校理学部卒の黄竽洪氏であることはニュース等でも報じられているが、その他の役員やメンバーについてはほとんど知られていないのが実情だろう。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.