「拉致認定」への遠すぎた道のり (4)
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2006/03/31 09:22 投稿番号: [227465 / 232612]
*秋田美輪さん「拉致認定」への遠すぎた道のり
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http://aoinomama13.seesaa.net/article/15543416.html
続き
事件直後の数カ月間、嶺子さんは時間のあるかぎり冬の列車に乗っていたという。
「大阪・神戸方面から山陰本線の竹野駅に向かうルートはいろいろあるんです。福知山線、播但線、京都回り……。その一つ一つを自分の足で実際に確かめずにはいられませんでした。徳島に転居することが前から決まっていましたから、それまでに、できるかぎり辿っておきたかったのです。どこかで美輪に出会うんじゃないかという思いもあって……。竹野駅に着いてみたら雪が1メートルも積もっていたこともありました」
徳島に転居したあと、正一郎さんは仕事先で「うちは娘1人」で通してきたが、嶺子さんは近所の人に問われて、「下の娘は神戸に置いてきました」と答えた。娘は1人きりだなんて一度だって思ったことはない。毎日、蔭膳を据えている。「でも、こんなに長くなるなんて……」。
自分が至らなかったせいではないか。2人で暮らしていた時代の出来事だから、来る日も来る日も自分を責めた。徳島大学に近い自宅は、歩いていても若い学生と出会うことが多い。そのたびに学生時代の娘とだぶってしまう。
毎年真夏の8月には、夫とともに県警本部の行方不明者相談会にも出席してきた。そこでは毎回100枚近い写真を見せられる。全国の漂流死体、変死体のうち、若い女性のものだ。何年目かでとうとう耐えられなくなった。私が見たいのは、美輪の元気な姿なのに。以後は夫が1人で出席してくれるようになった。
その相談会に訪れるたび、正一郎さんは18年間毎年毎年訴え続けてきた。「拉致として捜査してください」と。
そして時は流れ、昨年9月17日。あの衝撃の小泉訪朝。その2日後、正一郎さんは直ちに徳島県警に拉致事件としての再捜査を申し入れた。地元新聞の取材を受け、実名公開にも踏み切った。特定失踪者問題調査会(民間の支援組織)も今年9月末、美輪さんのケースを「極めて拉致の可能性が高い」と認定するに到っている。
さらに、11月、両親は兵庫県警に容疑者不詳のまま「国外移送目的略取誘拐容疑」で告発状を提出。拉致事件として初動捜査からやり直してほしいと求めた。11月27日には正一郎さんが上京、内閣府・家族支援室で中山恭子参与に訴えた。
「ぜひ政府による拉致認定をしてください」
今年、神戸は阪神の18年ぶりの優勝で沸いた。その同じ歳月を秋田さん夫婦は、悲しみと苦しみのなかで過ごしてきたのだ。でも、母は信じて待ち続けている。
「おかあさん、遅くなって、ゴメンね」
──あの日と同じ言葉とともに、娘・美輪がこの胸に戻ってくることを。
終わり
*写真は2004年7月4日に有楽町マリオン前で撮影しました。増元照明さんの選挙応援をされていた秋田美輪さんのお父さんです。
http://aoinomama13.up.seesaa.net/image/100PENTX-IMGP0220_IMGP0220.JPG
*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
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続き
事件直後の数カ月間、嶺子さんは時間のあるかぎり冬の列車に乗っていたという。
「大阪・神戸方面から山陰本線の竹野駅に向かうルートはいろいろあるんです。福知山線、播但線、京都回り……。その一つ一つを自分の足で実際に確かめずにはいられませんでした。徳島に転居することが前から決まっていましたから、それまでに、できるかぎり辿っておきたかったのです。どこかで美輪に出会うんじゃないかという思いもあって……。竹野駅に着いてみたら雪が1メートルも積もっていたこともありました」
徳島に転居したあと、正一郎さんは仕事先で「うちは娘1人」で通してきたが、嶺子さんは近所の人に問われて、「下の娘は神戸に置いてきました」と答えた。娘は1人きりだなんて一度だって思ったことはない。毎日、蔭膳を据えている。「でも、こんなに長くなるなんて……」。
自分が至らなかったせいではないか。2人で暮らしていた時代の出来事だから、来る日も来る日も自分を責めた。徳島大学に近い自宅は、歩いていても若い学生と出会うことが多い。そのたびに学生時代の娘とだぶってしまう。
毎年真夏の8月には、夫とともに県警本部の行方不明者相談会にも出席してきた。そこでは毎回100枚近い写真を見せられる。全国の漂流死体、変死体のうち、若い女性のものだ。何年目かでとうとう耐えられなくなった。私が見たいのは、美輪の元気な姿なのに。以後は夫が1人で出席してくれるようになった。
その相談会に訪れるたび、正一郎さんは18年間毎年毎年訴え続けてきた。「拉致として捜査してください」と。
そして時は流れ、昨年9月17日。あの衝撃の小泉訪朝。その2日後、正一郎さんは直ちに徳島県警に拉致事件としての再捜査を申し入れた。地元新聞の取材を受け、実名公開にも踏み切った。特定失踪者問題調査会(民間の支援組織)も今年9月末、美輪さんのケースを「極めて拉致の可能性が高い」と認定するに到っている。
さらに、11月、両親は兵庫県警に容疑者不詳のまま「国外移送目的略取誘拐容疑」で告発状を提出。拉致事件として初動捜査からやり直してほしいと求めた。11月27日には正一郎さんが上京、内閣府・家族支援室で中山恭子参与に訴えた。
「ぜひ政府による拉致認定をしてください」
今年、神戸は阪神の18年ぶりの優勝で沸いた。その同じ歳月を秋田さん夫婦は、悲しみと苦しみのなかで過ごしてきたのだ。でも、母は信じて待ち続けている。
「おかあさん、遅くなって、ゴメンね」
──あの日と同じ言葉とともに、娘・美輪がこの胸に戻ってくることを。
終わり
*写真は2004年7月4日に有楽町マリオン前で撮影しました。増元照明さんの選挙応援をされていた秋田美輪さんのお父さんです。
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*皆さん、最後まで読んでくださってありがとうございました。(*^^*)/~~
これは メッセージ 227464 (aoinomama13 さん)への返信です.