小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

主体式農業=段々畑が北鮮の国土を潰す5

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2006/03/25 23:17 投稿番号: [227334 / 232612]
主体農法=段々畑の出発と顛末

(北側某秘書の発言)
「段々畑が本格的につくられたのは、70年代初頭だ。”偉大な首領様の教示”に基づいて全国で一斉に開始された。段々畑を造るこの運動には、農民はいうまでもなく都市部の勤労者、人民兵士など、およそ腰の立つ者は、老若男女の別なくすべて動員された。動員された人々は、全国段々畑政策が目標どおり、いや繰り上げ達成されるべく班別、ブロック別に編成された。
たとえば、彼らは木を伐採する班、クワで山を堀り崩す班、石ころを運ぶ班というように分けられ、それぞれの能力や持っている道具に応じて作業を分担、昼夜の別なく、二交替制で段々畑づくりを強行した。道責任秘書によると二交替制とは1日24時間のうち、ひとりが12時間働くことで、夜中の作業を担当させられ人々は、たいまつの明かりをたよりに「退くことを知らぬという革命的熱意」を発揮した。
(中略)
(著者に戻って)
全国段々畑政策は70年代初め、”首領様の”鶴の一声により、本格的に進められた。工事にはあらゆる階層から有無をいわさず動員した人々を強権的に投入し、昼夜兼行で働かせた。
そしてその結果、全国で展開された段々畑づくり運動は「わずか4,5年で完成した。これこそ、英雄的な朝鮮労働党時代の共和国人民の真の実力であります」と、道秘書は誇らしげに述べた。
ところで70年代初といえば、61年から始まった野心的な第1次7カ年経済計画が失敗に終わった直後である。同計画を発足さえるに際して、”首領さま”が共和国人民に、この計画が終われば「すべて瓦屋根の家に住め、毎日毎日の御飯、肉汁が食べられ、緋丹(絹)の衣服が着られる」と公約したのは広く知られて、その頃の「金日成語録」に多数確認できる。
こうした経緯に即していえば、全国段々畑運動は、共和国当局者としては第1次7カ年計画(3年延長)の不振で反故にされた公約で、困窮する人民の食糧問題を抜本的に解決するための方策として打ち出した再公約であるといってもよく、人民もまたそれにいちるの望みを託して、山を耕したといえよう。
(中略)

(next)
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)