日本最強のパンダハガー(1)
投稿者: komash0427 投稿日時: 2006/03/23 22:59 投稿番号: [227243 / 232612]
「日本最強の親中派」も一枚噛む
(中略)
しかし、なぜ中国企業は対日投資に積極的なのか。理由は実は、03年の全国人民代表者会議(全人代)で中国指導部が、これまでの外資導入を図る「引進来」(インジンライ)政策に加え、海外進出を推奨する「走出去」(ゾオチューチュ)政策を打ち出したことにある。これを受けて中国の対日投資額は増え続け、04年には契約ベースで1530万ドルに達した。
日本側は中国の政策の変化に合わせ、外資を受け入れようというわけだが、中国から来る企業のなかには、M&A(企業買収・合併)の手法を用い、日本企業の買収を狙っているところも少なくない。03年には中国の軍産複合体(軍事産業)としても名高い「三九企業集団」が富山県の東亜製薬を買収、04年には上海電気集団が機械メーカーの「池貝」を買収した。ある日本在住の中国人ビジネスマンは、「経済大国の日本の優秀な企業を買うことは、日本を占領したような気持ちになる」と明かす。
日本の経済産業省や独立行政法人「ジェトロ」が日中の企業同士の仲介に立つこともある。このような中国企業による新たな「日中経済交流」を引っ張っているのが、いま「日本最強の親中派」と呼ばれる二階俊博経産相である。
02年9月、二階氏は「日中国交正常化記念事業」と銘打ち、日本から約5000人の参加者を募って北京の人民大会堂での式典に参加した。この式典に当時の江沢民総書記、胡錦濤新総書記を列席させることに成功した二階氏は、江沢民に相当な恩義を感じたようだ。その年末には、江沢民が日本人参加者に語った内容を「重要講話」と位置づけ、それを石碑にした「江沢民講話石碑」まで計画した。当時は全国5ヶ所でその計画が持ち上がり、二階氏の地元である和歌山県田辺市長(当時)は週刊誌の取材に「二階俊博先生から(略)直接電話で頼まれたのです。とくに二階先生は熱心で」と答えている。
だが江沢民といえば、98年の来日時、天皇陛下の前で日本の歴史認識を問題にし、日本人に反中意識を植え付けた張本人である。田辺氏の有志から反対論が噴出し、計画が中止された。反対運動を行った宮田政敏・田辺市議はいまもこう憤る。
「元々和歌山県は中国に縁がある土地でも何でもなく、田辺氏の地元の住民の多くも、二階氏(当時は保守新党)が江沢民の石碑を作るという話はおかしいと声を上げていました”これは危ない”と思い、われわれが反対運動をした末にようやく和歌山県知事と田辺市長の石碑計画の撤回表明にこぎつけたのです」
(つづく)
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