チャウシェスク処刑の頃(1989・12)
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2006/03/04 13:57 投稿番号: [226730 / 232612]
>三年前でしたか、アメリカの民間衛星での北朝鮮と、北朝鮮周囲の深夜の電力不足は信じられませんでした。
これはですね、ブックマークしてありまして、
以下のところで24時間見られます。
http://www.fourmilab.ch/cgi-bin/uncgi/Earth?imgsize=320&opt =- z&lat=37.2857&ns=North&lon=227.571&ew=West&alt=18&img=learth.evif
(現在(昼)見ると、日本列島は緑で大陸の方は茶色、色に関してはおかしいです。)
>チャウシェスク夫妻の処刑シーンは国際放送されましたが当時、金日成とチャウシェスク2人揃って握手する姿が切手になるほどの関係でしたから、金親子は恐ろしかったことでしょう。
このことについては、萩原遼「金正日の隠された戦争」(2004)にしっかり書いてありまして、核を所有し現在の体制になっていく起点となったのが、チャウシエスクの処刑と政権の転覆だというわけです。
以下、引用です。
1.当時(1989年12月)平壌にいたロシア人記者のリポート
チャウシェスクの虐殺は金日成の住居をショック状態に投げ込んだ。
息子金正日はしばらくのあいだ平静を取り戻すことができなかった。
この話は、平壌の宮廷事情にくわしいソ連外交官を通して著者に届いたものである。
歴史が鋭い展開を示すように事態は急速に進展した。
北朝鮮の体制は迫り来る危機に直面して打つ手なしと感じていた。
実際かれらはこうした新しい条件の下で生存の危機に瀕しているかにみえた。
2.同じくロシア人記者のリポート
特権層、とりわけ金日成の家族は、危機がいっそう悪化した場合、そして不可避と
みえる体制崩壊のさい、かれらを待つ報復の恐怖によって、ひとつに結ばれていた。
その恐怖は、共通の本性からくるものであった。
北朝鮮のような条件の下ではとりわけそうだ。
支配層のメンバーたち、すなわち党のトップの幹部やその家族たちが、体制の
犯した犯罪にひとしく責任を負っていることによる恐怖である。
自分自身も抑圧の犠牲者であった人々ですら、十分に犯罪行為に荷担しており、
その犯罪行為にはいかなる情状酌量も期待できなかった。
3.北からの亡命者(元政府官庁の中堅幹部)の証言(場所:韓国)
「チャウシェスク処刑の直後です。たしか1990年の初めでした。
外務省、国家保衛部、人民武力部、党中央、人民保安省の幹部達が集められました。
チャウシェスクが逮捕されて処刑されるまでのビデオを1週間もの間くり返し
みせられました。
そして金正日の直筆の指示が幹部によって読み上げられたのです。
『よく見ろ。チャウシェスクもああなった。
東欧社会主義国家も滅びたではないか。
この体制が崩壊すれば、おまえたち幹部からまっ先にペクチン(=庶民)から
絞首刑にされるのだ。
だから気合を入れて人民の統制と管理に本腰を入れろ。
そうしないと体制が崩壊する。
それだけですまないのだ。
おまえたちはペクチンにぶち殺されるんだぞ』」
「金正日は人民にぶち殺される、絞首される、ということばを何度も使いました。
このことをみても金正日はいかにおびえていたかがわかるでしょう。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
当時、金日成は平壌にいたが、金正日は2週間ほど雲隠れしていたという。
イラク戦争のときも、このトピにもありますように、当時消息が分からず雲隠れして
いました。
まあ、金正日として、ベンツのナンバーまで識別できる人工衛星で監視されていると
いう認識があれば、いつトマホークが飛んできてもおかしくはないということで
しょうか。
というよりも実は適は内にあるわけで、実は金正日は人民なんて、全然信頼して
いない。
彼らは「将軍様、万歳」と言わないと生きていけないから、そうしているに
すぎないと、冷徹に認識しているだけのことでしょう。
>金正日は人民にぶち殺される、絞首される
そのような暴力だけを基本として、人間不信の意識構造にもとづく人間関係
=恐怖の支配が北朝鮮を全体を覆っているような気がします。
これはですね、ブックマークしてありまして、
以下のところで24時間見られます。
http://www.fourmilab.ch/cgi-bin/uncgi/Earth?imgsize=320&opt =- z&lat=37.2857&ns=North&lon=227.571&ew=West&alt=18&img=learth.evif
(現在(昼)見ると、日本列島は緑で大陸の方は茶色、色に関してはおかしいです。)
>チャウシェスク夫妻の処刑シーンは国際放送されましたが当時、金日成とチャウシェスク2人揃って握手する姿が切手になるほどの関係でしたから、金親子は恐ろしかったことでしょう。
このことについては、萩原遼「金正日の隠された戦争」(2004)にしっかり書いてありまして、核を所有し現在の体制になっていく起点となったのが、チャウシエスクの処刑と政権の転覆だというわけです。
以下、引用です。
1.当時(1989年12月)平壌にいたロシア人記者のリポート
チャウシェスクの虐殺は金日成の住居をショック状態に投げ込んだ。
息子金正日はしばらくのあいだ平静を取り戻すことができなかった。
この話は、平壌の宮廷事情にくわしいソ連外交官を通して著者に届いたものである。
歴史が鋭い展開を示すように事態は急速に進展した。
北朝鮮の体制は迫り来る危機に直面して打つ手なしと感じていた。
実際かれらはこうした新しい条件の下で生存の危機に瀕しているかにみえた。
2.同じくロシア人記者のリポート
特権層、とりわけ金日成の家族は、危機がいっそう悪化した場合、そして不可避と
みえる体制崩壊のさい、かれらを待つ報復の恐怖によって、ひとつに結ばれていた。
その恐怖は、共通の本性からくるものであった。
北朝鮮のような条件の下ではとりわけそうだ。
支配層のメンバーたち、すなわち党のトップの幹部やその家族たちが、体制の
犯した犯罪にひとしく責任を負っていることによる恐怖である。
自分自身も抑圧の犠牲者であった人々ですら、十分に犯罪行為に荷担しており、
その犯罪行為にはいかなる情状酌量も期待できなかった。
3.北からの亡命者(元政府官庁の中堅幹部)の証言(場所:韓国)
「チャウシェスク処刑の直後です。たしか1990年の初めでした。
外務省、国家保衛部、人民武力部、党中央、人民保安省の幹部達が集められました。
チャウシェスクが逮捕されて処刑されるまでのビデオを1週間もの間くり返し
みせられました。
そして金正日の直筆の指示が幹部によって読み上げられたのです。
『よく見ろ。チャウシェスクもああなった。
東欧社会主義国家も滅びたではないか。
この体制が崩壊すれば、おまえたち幹部からまっ先にペクチン(=庶民)から
絞首刑にされるのだ。
だから気合を入れて人民の統制と管理に本腰を入れろ。
そうしないと体制が崩壊する。
それだけですまないのだ。
おまえたちはペクチンにぶち殺されるんだぞ』」
「金正日は人民にぶち殺される、絞首される、ということばを何度も使いました。
このことをみても金正日はいかにおびえていたかがわかるでしょう。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
当時、金日成は平壌にいたが、金正日は2週間ほど雲隠れしていたという。
イラク戦争のときも、このトピにもありますように、当時消息が分からず雲隠れして
いました。
まあ、金正日として、ベンツのナンバーまで識別できる人工衛星で監視されていると
いう認識があれば、いつトマホークが飛んできてもおかしくはないということで
しょうか。
というよりも実は適は内にあるわけで、実は金正日は人民なんて、全然信頼して
いない。
彼らは「将軍様、万歳」と言わないと生きていけないから、そうしているに
すぎないと、冷徹に認識しているだけのことでしょう。
>金正日は人民にぶち殺される、絞首される
そのような暴力だけを基本として、人間不信の意識構造にもとづく人間関係
=恐怖の支配が北朝鮮を全体を覆っているような気がします。
これは メッセージ 226673 (rumsfeld_rumchan2002_9_17 さん)への返信です.