ハイダールさんからのメッセージ(1)
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/12/19 22:15 投稿番号: [224202 / 232612]
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2005.12.19)ハイダールさんからのメッセージ
大阪と東京で開催される国民大集会参加にあたり、12月16日、レバノン人拉致被害者シハームさんのお母さん、ハイダールさんから下記のメッセージが英文で届いていますのでご紹介いたします。島田洋一救う会副会長訳。
■ハイダールさんからのメッセージ
シハームは本当に優しい、いい子でした。娘によい教育を受けさせようと、私は一所懸命働きました。彼女の将来に多くを期待していました。父親は早くに亡くなりましたが、それを乗り越え、美しい知的な女性へと成長しました。娘は私を大変愛してくれました。職業学校で学び、秘書として働くことを目指していました。自立し、母親を助けたいと願っていたのです。
27年前のある日、娘が私に、日本で素晴らしい仕事が見つかったと言いました。月給も3000ドルぐらいとのことです。そんなよい仕事に就けるというので私たちは大喜びしました。夢が実現したのです。海外で働きたいというのが、娘の子どもの頃からの望みでした。娘が日本に着いたら、私もきっと行くと約束しました。
日本に向かう途中の娘から電話がありました。が、ベオグラード(旧ユーゴ、現セルビアの首都)からの電話だったことに、不吉なものを感じました。娘は言いました。「もうお母さんに会えないかも知れない」。一体何を言おうとしているのか、理解できません。多分、知らない国で新しい生活を始めることに神経質になっているのだろうと思いました。「会えるに決まっているじゃないの。日本でひと月ぐらい一緒に過ごそうと話したことを忘れたの」。ああ、娘に何が起こったか、私には分からなかったのです。
日本からの電話をいくら待っても、一向に掛かってきません。段々不安が募ってきます。私は、当時暮らしていたイタリアの警察へ相談に行きました。警察は、娘を捜すと約束してくれました。それから2、3か月後、驚くべきニュースがやってきました。娘は、日本でなく北朝鮮にいるというのです!
一体どういうことなのか、わけが分かりません。聞いたことすらないような国に、なぜ彼女は行ったのか。娘の身に何が起こったのか。私は怖くなり気が動転しましたが、地図の上でどこにあるのかさえ分からない所にどうやって連絡を取ればよいのか、私に分かるはずもありません。私にできるのは、ただもう一度警察を訪れ、さらに助けを求めることだけでした。
苦悩と不安に苛まれつつ数か月が経った頃、レバノンから知らせがありました。私のシハームが帰ってきたというのです! 私は彼女に会うため飛んで行きました。再び娘の顔が見られて、本当に幸せでした。政府当局者によれば、シハームを含む4人のレバノン人の女の子がだまされ、北朝鮮に連れていかれたとのことです。日本での素晴らしい仕事、3000ドルの月給等々……、すべてウソだったのです。私は、北朝鮮がなぜそんな策略によって無垢な女の子をおびき寄せようとするのか理解できませんでした。しかし、娘に会えた嬉しさが先に立ち、それ以上深くは考えませんでした。彼女は落ち込んで見えましたが、まだ若いし、すぐにこの悪夢を克服できるだろうと考えていました。
続く
大阪と東京で開催される国民大集会参加にあたり、12月16日、レバノン人拉致被害者シハームさんのお母さん、ハイダールさんから下記のメッセージが英文で届いていますのでご紹介いたします。島田洋一救う会副会長訳。
■ハイダールさんからのメッセージ
シハームは本当に優しい、いい子でした。娘によい教育を受けさせようと、私は一所懸命働きました。彼女の将来に多くを期待していました。父親は早くに亡くなりましたが、それを乗り越え、美しい知的な女性へと成長しました。娘は私を大変愛してくれました。職業学校で学び、秘書として働くことを目指していました。自立し、母親を助けたいと願っていたのです。
27年前のある日、娘が私に、日本で素晴らしい仕事が見つかったと言いました。月給も3000ドルぐらいとのことです。そんなよい仕事に就けるというので私たちは大喜びしました。夢が実現したのです。海外で働きたいというのが、娘の子どもの頃からの望みでした。娘が日本に着いたら、私もきっと行くと約束しました。
日本に向かう途中の娘から電話がありました。が、ベオグラード(旧ユーゴ、現セルビアの首都)からの電話だったことに、不吉なものを感じました。娘は言いました。「もうお母さんに会えないかも知れない」。一体何を言おうとしているのか、理解できません。多分、知らない国で新しい生活を始めることに神経質になっているのだろうと思いました。「会えるに決まっているじゃないの。日本でひと月ぐらい一緒に過ごそうと話したことを忘れたの」。ああ、娘に何が起こったか、私には分からなかったのです。
日本からの電話をいくら待っても、一向に掛かってきません。段々不安が募ってきます。私は、当時暮らしていたイタリアの警察へ相談に行きました。警察は、娘を捜すと約束してくれました。それから2、3か月後、驚くべきニュースがやってきました。娘は、日本でなく北朝鮮にいるというのです!
一体どういうことなのか、わけが分かりません。聞いたことすらないような国に、なぜ彼女は行ったのか。娘の身に何が起こったのか。私は怖くなり気が動転しましたが、地図の上でどこにあるのかさえ分からない所にどうやって連絡を取ればよいのか、私に分かるはずもありません。私にできるのは、ただもう一度警察を訪れ、さらに助けを求めることだけでした。
苦悩と不安に苛まれつつ数か月が経った頃、レバノンから知らせがありました。私のシハームが帰ってきたというのです! 私は彼女に会うため飛んで行きました。再び娘の顔が見られて、本当に幸せでした。政府当局者によれば、シハームを含む4人のレバノン人の女の子がだまされ、北朝鮮に連れていかれたとのことです。日本での素晴らしい仕事、3000ドルの月給等々……、すべてウソだったのです。私は、北朝鮮がなぜそんな策略によって無垢な女の子をおびき寄せようとするのか理解できませんでした。しかし、娘に会えた嬉しさが先に立ち、それ以上深くは考えませんでした。彼女は落ち込んで見えましたが、まだ若いし、すぐにこの悪夢を克服できるだろうと考えていました。
続く
これは メッセージ 224185 (sofiansky2003 さん)への返信です.