反論 : 帰りたい人は
投稿者: konpekitarou 投稿日時: 2002/11/17 00:27 投稿番号: [22246 / 232612]
>帰りたい人は、かえしてあげるべきです。
との、意見があるが、それに反対する立場で意見を述べる。
家族会の「被害者は全員返さない」という戦いの方針の、成立過程とその重みを、何度も、何度も考えたら、上記の「返してあげるべき」の意見が言えるだろうか。この戦いの方針を立てる前には、極悪非道な北に対する、一時的には服従する無念の戦いを、そして、日本政府の徹底した「無視」による黙殺に抗しての腹立たしい孤立した非力ではあるが、息の長い戦いがあった。
5人の被害者の帰国(家族会の立場では奪還)は、やせた社会主義の仮面を被った無法者は援助欲しさに、その犯罪性を渋々認め、一方の無節操の経済オンチは、その無能力を隠し人気取りのため、少数派の後押しをせざるをえなくなった結果としての勝利である。現代の少数派の反国家権力への戦いで、珍しくも勝利への橋頭堡を築いたのである。
ここにおいて、戦術的に「返した方がより有効であるとか」の論議は、傍観者の間では言っても、当事者へは、口が裂けても言えないのである。なぜなら、5人は24年間の戦いの目標の唯一の成果であり(他に取り返す被害者とその家族は何十人、何百人いるか)、これからも長く続く戦いのシンボルであり、家族からすれば「全て」である。
この戦いの方針の決定には、外部からは分からない、長くて重苦しい討論と、繰り返される絶望感の中から産み出された、正に、最善の(いや、思いたい)方針である。早く返ってくるに越したことはない。そんな事は、家族会の人は誰も分かっている。しかし、この成果を、絶対に「無」にできないのである。「無」にするならば、死んでも死にきれない。それならば、長く続こうが、戦い続ける。自らは、高齢で死んでも、息子が、娘が必ず帰ってくること願った、そういう苦渋に満ちた決意の現れである。
これに対し、家族に向かって、「いや、一時的には妥協しても、早く帰った方が良いでしょう」と、面と向かって言える人がいるのか。返ってくる保証はできるのか
=
あの腐ったブタを信じるのか。援助が欲しいから、絶対、大丈夫といえるのか。あのブタは、国民は全て飢え死にしても最後には何処かへ亡命しようとするであろう。その時では、遅いのだ。
むしろ、敵は被害者と家族会の中に、複数の意見を持たせるという分断策で、こちらの力を分散させる分断策を、繰り返し、繰り返し持ち出してくるのだ。キムヘギョンさん、曽我さん家族、生物兵器、交渉の無期限延期・・・
ここでは、家族会の戦いの方針に一致団結することが大事であって、諸々の選択肢を求めるという分断策に反対して戦うことが大事である
これは メッセージ 22166 (morinomizu_2001 さん)への返信です.
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