小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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■「統治行為論」により公式参拝も問題なし

投稿者: erityuw04 投稿日時: 2005/10/03 10:42 投稿番号: [218917 / 232612]
統治行為論とは、

「法的問題を含み、その面で司法部による審査が可能であるにもかかわらず、高度の政治性を有するために司法部による審査には服し得ず、従って、政治過程における合法性の統制にしか服し得ない」という法理。

総理の靖国参拝問題もこの範疇に属し、

公式参拝はもちろんのこと参拝の国事行為化も民意(国会の過半数)により実現できます。


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■   統治行為論の本質


憲法において、「政治過程における正義」の実現を目指す「法の支配」の思想を継受した我が国では、司法府は憲法上、一切の法律、命令、規則又は処分の合憲性を決定する権限を有する(憲法第81条、裁判法第3条第1項)とされるが、一定の問題については司法審査権が及ばないとされる。

例えば、明文上の限界としては、「議員の資格の争訟」(憲法第55条:裁判所ではなく国会が独自に行う)、「裁判官弾劾裁判」(憲法第64条)、「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権の決定」(憲法第73条7号)があり、また含意的な限界として、「プログラム規定」、「部分社会論」(団体の内部自治に関する事項には、裁判所は関与しない)、「自律権」(議院運営の方法など)、「行政・立法裁量」、「事情判決」(一定の公益上の理由・判決のもたらす混乱を回避するために、違法でも有効なものとして扱う、という判決)がある。そして、その中の一類型として、いわゆる「統治行為論」がある。

「統治行為論」とは、「法的問題を含み、その面で司法部による審査が可能であるにもかかわらず、高度の政治性を有するために司法部による審査には服し得ず、従って、政治過程における合法性の統制にしか服し得ない」と観念されている国家行為の類型のことである。

これは、アメリカ等では「政治問題の法理」という判例法理(アメリカの違憲立法審査権は元々「マーベリー対マディソン事件」判決によって司法府が独自に設定したものだったので、その限界についても判例で決まった)として知られているが、我が国では、衆議院の解散の合憲性を巡る「苫米地事件」(1960年)ではじめて純粋な形で登場した(裁判所が違憲判断を下せるようになったのは戦後新憲法からであった)。また、1957年の「砂川事件」の上告審判決では、最高裁判所は「安保条約の様な高度の政治性を有する事項は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査には原則としてなじまず、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にある。」として、安保自衛隊問題に対しても「統治行為論」を展開したのであった。
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