小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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小泉の「実績」④

投稿者: jijisouron 投稿日時: 2005/09/09 22:28 投稿番号: [214800 / 232612]
  第1回訪朝時から既に「田中均・金正日と一蓮托生」になった小泉クン。年金スキャンダルから国民の目をそらすために、再度<サプライズ訪朝>を行ったが、金正日にボッコボコにされるがままで、参院選は完敗。
  「もう、支持率アップには北朝鮮カードは使えないな」と周囲に漏らしたように、その後は『対話と圧力』フレーズを繰り返すのみで何もしなくなった。今夏の家族会の首相公邸前の座り込みも無視して別出口を使う始末。

  また、第2回<サプライズ訪朝>でジェンキンスさんに”I guarantee”(私が保障する)と書いたメモの真意はなんと、「日本に帰って来れば、一緒に暮らせるよう最大限に『努力』する」(小泉首相)という意味だったそうだ。
  「保障」と「(最大限の)努力」とは意味がぜんぜん違う。ジェンキンスさんの身の安全について、「最大限の努力はしましたが、結果として失敗に終わりました」の意味は”I guarantee”には一切含まれない。小泉の「いい加減さ・ペテンさ」を象徴する出来事でもある。
  会談後、金正日サイドから「(ジェンキンス氏が)日本に行くのがいやなら、北京で会ったらどうか」と打診があった。


●2004.5.30   杉浦官房副長官が「再会場所」について曽我さんと懇談。

  杉浦副長官は懇談後、「曽我さんは北京で再会することで合意した」と発表したが、翌日、30日の懇談に同席した中山参与が「曽我さんからメモをいただいた」と、「北京は北朝鮮に近すぎて怖い」との曽我さんの意向を紹介した。
  内実は、「北京案」で話を進めていた政府の方針に従い、杉浦氏が曽我さんに、北京で会うことを「強要した」らしい。杉浦氏は政府からのミッションに従っただけなのだ!
  そして、その「政府からのミッション」の源流は小泉の「向こう(北朝鮮)が『北京で』と言うのなら、それでいいんじゃない?」という「総理大臣とは思えない考えの軽さ」であったのである!

  ジェンキンス氏は後に日本でこう語っている。「北京で妻と再会していたら、2、3日滞在した後に北朝鮮の航空機を使い、平壌に連れて帰る手はずになっていた」。
  かつて小泉は、「(首相の資質として重要なのは)洞察力!」と力説していたが、力説していた本人に洞察力のカケラもないことが露呈されたのだ!

  中山参与の尽力のおかげで「一時再会場所」はジャカルタに決定。ジェンキンス氏らにはもちろん北朝鮮当局者2名が同伴していた。
  そこで中山参与は、さらに凄い「離れ業」をやってのけた。ジェンキンス氏に「わざと」ヨボヨボと歩かせ、いつまでたっても「日和見主義」の政府・外務省に業を煮やし、急遽日本に戻り、小泉に「平壌で受けた手術の手当てが不十分で、予想したより重病だ」「医療水準の高い日本の病院で早期治療が絶対に必要」などと直訴したのだ。
  その結果、ジェンキンス氏の「人道的見地」急遽来日が電撃的に決まった。(もちろん、北朝鮮は猛反発。日本外務省もこの中山参与の「芝居」には批判的だったと言われている。)
(つづく)
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