小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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小泉の「実績」②

投稿者: jijisouron 投稿日時: 2005/09/09 21:52 投稿番号: [214792 / 232612]
(つづき)

●2002.10.15   先の第1回小泉訪朝で「生存」と発表された5名が帰国。
         政府は当初、「10日間ほどの滞在」と説明。

●2002.10.24   下記の政府方針が決定。安倍晋三幹事長(当時)が尽力。
         1)帰国した5人は引き続き滞在。
         2)北朝鮮にいる5人の家族の帰国を要求。

●2002.10.29   クアラルンプールでの日朝正常化交渉。
         5人の扱いをめぐり、北朝鮮が「約束違反だ」と猛抗議。決裂。
         以後、拉致問題における日朝交渉は凍結局面に入る。

●2004.2.9    日本独自の判断で北朝鮮に対する経済制裁を発することを念頭に置いた「改正外為法」が成立。

●2004.2.11    田中均外務審議官・藪中三十二外務省アジア大洋州局長(当時)が平壌を訪問し日朝政府間協議。
          北朝鮮側は「拉致問題は解決済み。すぐに(日本に帰国した)5人を北朝鮮に戻せ」と平行線のまま終わる。


※   そのとき国内では、閣僚4人を含む年金未納問題が発覚して(江角マキコのCMが流れた直後だけに)国会だけでなく、世論が猛反発。
  江角マキコは謝罪会見を行ったが、小泉は、「うっかりしてたんでしょう。直せばいいんでしょう。みんな家族に任せているのですから」と発言。さらに自身のスキャンダルも発覚して、(あの有名な)「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ。何のため謝らないといけないのか!」発言が飛び出す。
  福田康夫官房長官が自ら辞任。表向きの理由は「政治に対する国民の信頼を失った」だが、内実は「小泉政権を離脱する機会をうかがっていた」との憶測も。



●2004.3.31    民主党が万景峰号などの入港禁止を可能にする「特定船舶等入港禁止特措法案」を衆院に提出。

●2004.4.1    当時民間人だった山崎拓と平沢勝栄拉致議連事務局長が極秘(のつもり)で、大連で北朝鮮政府高官と接触。その際、山崎氏は「小泉総理の代理で来た」と発言。平沢氏も後のインタビューで「小泉首相と一心同体だったから行動しました」と発言。
  『二元外交』との非難噴出。平沢氏は拉致議連事務局長の職を事実上解任されたが、山崎氏には(民間人だったからか?)何らオトガメなし。

●2004.4.6    民主党に遅れて、自公両党が「特定船舶入港禁止法案」を国会に提出。

(つづく)
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