小泉の「実績」①
投稿者: jijisouron 投稿日時: 2005/09/09 21:49 投稿番号: [214790 / 232612]
●2002.9.17
第1回小泉訪朝
私がまだ小泉支持者だった頃。
小泉は金正日から「生存者五人、八人が死亡」と平壌で初めて聞き、安倍晋三の制止を振り切って、『平壌宣言』を締結。それでも当時は(私を含めて)「金正日に拉致疑惑を認めさせた」「五人の一時帰国の約束を取り付けた」と高い評価を受けたものだ。
しかし、よくよく振り返ると、平壌宣言には「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、北朝鮮側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が『今後』再び生じることがないよう適切な措置をとる」と書いてあるだけで、訪朝前に「北朝鮮に拉致されたと思われる被害者」の人数とはあまりにもかけ離れており(だから安倍は調印に反対した)、その差については何も言明されていない。
つまり、小泉は死亡したとされた拉致被害者の情報と具体的な解決策を何も得ないで、食糧25万トン、医薬品1千万ドルの総額80億円分を人道支援し、更に経済制裁もしないというようなことを金正日に約束してしまったのだ。案の定、金正日は「拉致問題は既に解決した」との態度をとりだした。
何故、小泉は金正日に言われるがまま拉致被害者の状況を受け入れ、平壌宣言を締結したのか?
後になってわかったことに、首脳会談前の外務省事務レベル会議で、あの悪名高きチャイナ・スクールの田中均アジア大洋州局長(当時)が日朝国交正常化(=己の手柄?)を急ぐあまり、「平壌宣言締結を前提に」日朝首脳会談の実現にこぎつけたのだ。つまり、「拉致被害者がどーのなんて二の次、とにかく国交正常化」しか田中の頭の中には存在しなかったのだ!以前にも投稿したが、ここから小泉・田中・金正日の「一蓮托生」が始まり、小泉は北朝鮮に対して強硬な手段を取れなくなった。(つづく)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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