報道の自由とは
投稿者: sshinnya 投稿日時: 2002/11/15 17:06 投稿番号: [21426 / 232612]
筑紫の言う「国の方針に水を差すようなことは取材すべきでないと、こういう議論になると、自由な報道や言論というのは死んでしまって、北朝鮮と何ら変わりのない国に私たちはなってしまいます。」は論点をずらしているだけで、世論が何に憤りを感じているかと言うことを分からない振りをしている。取材される側の人権や、被るだろう被害について怒っているのである。ジャーナリストの端くれなら、その点に堂々と反論しなくてはいけないだろう。
黒川に至っては,何をかいわんやである。報道の自由を振りかざして馬鹿なことやってると、本当に日本は北朝鮮のような国にされてしまう危険がある。
週間金曜日に掲載された記事を日本国民が知ることが出来ないとして何の不利益があるのだろうか。誰が得するのか。国に対して、何らかの批判になっているのか。得しているのは、北朝鮮だけの報道の自由とは、一体どういう自由なのか。
自分達の、反体制と言うスタンスを満足させるために、一般の人を犠牲にしての報道とは、報道の自由と言うことには程遠い。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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