小泉首相の統治戦略⑦-1
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/28 00:13 投稿番号: [213320 / 232612]
7.「構造改革マジック」の行き詰まり
現在の日本社会の根底で起こっている変化は、第3帝国時代のドイツ社会の変化の比ではない。通信技術の発達、経済・金融のグローバル化、経済的格差の増大、人口の老齢化・少子化、国家の性格と役割の変化など、今日の日本がその渦中に「社会革命」のい規模と深刻さを前にして、私たちは言葉を失って立ちすくむばかりである。
当然、それにともなって、長らく続いてきた経済のあり方・富の分配システム・ステイタス秩序などは大きく崩れ、社会の多くの分野でアナーキーの匂いさえする流動化状況が生まれている。小泉政権が進めてきた「構造改革」は、この日本社会の大規模で深刻な変化を多少ともコントロールして、新しい経済・社会の大規模で深刻な変化を多少ともコントロールして、新しい経済・社会の秩序を樹立することを目指していた。しかし、小泉政権は、明確な将来のヴィジョンを国民の前に示すこともできなかったし、今日の混乱した状況に一定の方向づけを与えることにも失敗した。不良債権処理をはじめとして小泉政権が実行した改革は、現実の変化のあとを遅ればせに不徹底な形で追いかけたものにすぎなかった。
にもかかわらず、小泉政権が相当程度の世論の支持を得て比較的長寿を保つことができたのは、首相が社会的変化の潮流を追いかけながら、改革の促進と抵抗の両勢力の間で派手にパフォーマンスを演じて見せたからであった。そして、一般国民の側も、従来の自民党首相とは大きく相違する小泉首相のパフォーマンス政治によって、しばらくの間は多いに幻惑されたのである。
いつの時代でも、長らく安定を誇ってきた組織や体制が倒壊する光景は、人々の間にカタルシスとして作用する。そのような状況のもとでは、人々の多くが、経済・社会の大変動の進展とともに、自分にも思わぬ富みの獲得やステイタス上昇のチャンスがめぐって来るという夢想に身をまかせやすい。
いっときほど異常なほど世間の関心を集めた「ホリエモン現象」なども、こうした日本人の気分を反映したものといえる。この30歳をすぎたばかりのビジネスマンの粗野な言動には少々辟易しながらも、ここに現代の成功者の典型を見て、ひそかに自分をそれに重ね合わせてみた日本人は、意外に多かったと思われる。
現代の日本人の多くは、歴史の大転換期の混乱に戸惑いつつも、身近なところに成功のチャンスが転がっているそうだという楽観的な気分を失ってはいない。小泉首相の派手なパフォーマンスによる政権運営が、これまで一般世論に比較的寛容に受け入れられてきたのも、この混沌の中でも日本人が楽天的な気分を失っていないお蔭だったといえよう。
だが、最近の郵政民営化問題がたどった経過などを見れば、小泉首相の「構造改革マジック」とでもよぶべき政権運営の奇策も、そろそろ国民によってそのからくりを見破られ、限界に近づきつつあるように思われる。世論における小泉政権の支持率も、歴代政権の中では以前高いものの、自民党国会議員の造反を抑え込むだけの過去の威圧感はすでにない。この「諸君!」6月号が店頭に並ぶころには、郵政民営化法案が無残に骨抜きされ、小泉政権はレーム・ダッグの様相を濃くしているか、それとも退陣ぎりぎりの瀬戸際に立たされているかもしれない。
この小文で小泉首相の比較の対象にしてきた二人の独裁者(ナポレオン3世とヒトラー)は、国内の勢力均衡だけによって独裁的地位を保持することが難しいと見ると、対外政策面で顕著な成果をあげることで、国民的人気の回復を図ろうとした。ナポレオン3世のメキシコ干渉・インドシナ半島の植民地化・クリミア戦争への参加など、またヒトラーのラインラント進中・独墺合邦・ズデーデンの奪取などは、いずれも対外面でのサプライズによって世論の支持を高めようという試みだった。
こうした例に倣うかのように、小泉首相もまた、外交面でサプライズ的な成果をあげることで、自らの政権に対し支持率の浮揚を目指した。彼が2回にわたる北朝鮮訪問によって拉致問題の電撃的な解決を図ったのも、体外面で人々の目を奪うような顕著な成功を収めることで、政権の人気回復を狙った典型的な事例に属するだろう。
現在の日本社会の根底で起こっている変化は、第3帝国時代のドイツ社会の変化の比ではない。通信技術の発達、経済・金融のグローバル化、経済的格差の増大、人口の老齢化・少子化、国家の性格と役割の変化など、今日の日本がその渦中に「社会革命」のい規模と深刻さを前にして、私たちは言葉を失って立ちすくむばかりである。
当然、それにともなって、長らく続いてきた経済のあり方・富の分配システム・ステイタス秩序などは大きく崩れ、社会の多くの分野でアナーキーの匂いさえする流動化状況が生まれている。小泉政権が進めてきた「構造改革」は、この日本社会の大規模で深刻な変化を多少ともコントロールして、新しい経済・社会の大規模で深刻な変化を多少ともコントロールして、新しい経済・社会の秩序を樹立することを目指していた。しかし、小泉政権は、明確な将来のヴィジョンを国民の前に示すこともできなかったし、今日の混乱した状況に一定の方向づけを与えることにも失敗した。不良債権処理をはじめとして小泉政権が実行した改革は、現実の変化のあとを遅ればせに不徹底な形で追いかけたものにすぎなかった。
にもかかわらず、小泉政権が相当程度の世論の支持を得て比較的長寿を保つことができたのは、首相が社会的変化の潮流を追いかけながら、改革の促進と抵抗の両勢力の間で派手にパフォーマンスを演じて見せたからであった。そして、一般国民の側も、従来の自民党首相とは大きく相違する小泉首相のパフォーマンス政治によって、しばらくの間は多いに幻惑されたのである。
いつの時代でも、長らく安定を誇ってきた組織や体制が倒壊する光景は、人々の間にカタルシスとして作用する。そのような状況のもとでは、人々の多くが、経済・社会の大変動の進展とともに、自分にも思わぬ富みの獲得やステイタス上昇のチャンスがめぐって来るという夢想に身をまかせやすい。
いっときほど異常なほど世間の関心を集めた「ホリエモン現象」なども、こうした日本人の気分を反映したものといえる。この30歳をすぎたばかりのビジネスマンの粗野な言動には少々辟易しながらも、ここに現代の成功者の典型を見て、ひそかに自分をそれに重ね合わせてみた日本人は、意外に多かったと思われる。
現代の日本人の多くは、歴史の大転換期の混乱に戸惑いつつも、身近なところに成功のチャンスが転がっているそうだという楽観的な気分を失ってはいない。小泉首相の派手なパフォーマンスによる政権運営が、これまで一般世論に比較的寛容に受け入れられてきたのも、この混沌の中でも日本人が楽天的な気分を失っていないお蔭だったといえよう。
だが、最近の郵政民営化問題がたどった経過などを見れば、小泉首相の「構造改革マジック」とでもよぶべき政権運営の奇策も、そろそろ国民によってそのからくりを見破られ、限界に近づきつつあるように思われる。世論における小泉政権の支持率も、歴代政権の中では以前高いものの、自民党国会議員の造反を抑え込むだけの過去の威圧感はすでにない。この「諸君!」6月号が店頭に並ぶころには、郵政民営化法案が無残に骨抜きされ、小泉政権はレーム・ダッグの様相を濃くしているか、それとも退陣ぎりぎりの瀬戸際に立たされているかもしれない。
この小文で小泉首相の比較の対象にしてきた二人の独裁者(ナポレオン3世とヒトラー)は、国内の勢力均衡だけによって独裁的地位を保持することが難しいと見ると、対外政策面で顕著な成果をあげることで、国民的人気の回復を図ろうとした。ナポレオン3世のメキシコ干渉・インドシナ半島の植民地化・クリミア戦争への参加など、またヒトラーのラインラント進中・独墺合邦・ズデーデンの奪取などは、いずれも対外面でのサプライズによって世論の支持を高めようという試みだった。
こうした例に倣うかのように、小泉首相もまた、外交面でサプライズ的な成果をあげることで、自らの政権に対し支持率の浮揚を目指した。彼が2回にわたる北朝鮮訪問によって拉致問題の電撃的な解決を図ったのも、体外面で人々の目を奪うような顕著な成功を収めることで、政権の人気回復を狙った典型的な事例に属するだろう。
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