小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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小泉外交_11

投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/27 00:48 投稿番号: [213154 / 232612]
政治家ルート「北」模索

  経済制裁を回避するため、「次の一手」をしかけたのは北朝鮮だった。

  「外務官僚にはできない本音の話をしたい」

  昨年12月初旬、自民党の平沢勝栄衆院議員に北朝鮮側の打診があった。平沢は、超党派の「拉致議連」の事務局長。外国為替、外国貿易法改正案の国会提出の「旗振り役」だった。

  周囲は接触に反対した。

  「北朝鮮は、あなたをろう絡し、拉致議連を分断しようとしている」

  だが、平沢は「外務省に任せていては、拉致被害者の家族は帰ってこない」と考え、会談を決断した。

  同月20日、中国・北京のホテル「京倫飯店」。平沢らは北朝鮮の鄭泰和日朝交渉担当大使、宋日昊外務省副局長と対面した。マカオやシンガポールでの会談も打診されたが、平沢が北京を指定した。

  初日の議論は平行線だった。鄭は、拉致被害者5人について「北朝鮮に帰す約束だった」の一点張りだった。経済制裁法案にも激しく反発した。

  「宣戦布告とみなす。大きな結果が生じる」

  翌日午前、北朝鮮側の態度は急変した。宋は「何とか話をまとめたい」と、鄭を外して交渉に臨んだ。5人を北朝鮮に戻せば家族8人はかえす。『子供を連れ帰るため』と説明しても構わない」と持ちかけた。平沢は提案を持ち返った。

  だが、外務省の反応は「政府間協議の邪魔になる」と冷淡だった。平沢は再協議を決意した。北朝鮮は「閣僚級の政治家」との接触を希望した。小泉首相につながる「政治家ルート」を開拓する狙いは明白だった。

  本命は自民党の安倍幹事長。中川秀直国会対策委員長、平沢赳夫・前経済産業相らの名前も浮かんでは消えた。最終的に白羽の矢が立ったのが、山崎拓・前副総裁だった。

  山崎は2月下旬、小泉と公明党の冬柴幹事長に、北朝鮮側と接触する計画を明かした。冬柴には同行を誘ったが冬柴は断った。

  「個人の立場ならどこにでも行くが、党の看板を背負っている以上、失敗できない。それに、外務省との二元外交はいけない」

  3月1日夜、都内の日本料理店。山崎は「北朝鮮は『日本は我々を圧殺するのか』と怒っているそうだ」と経済制裁法案は慎重に扱うべきだと主張した。冬柴は同調したが、安倍は反論した。小泉は黙っていた。

  4月1日、山崎と平沢は中国・大連のホテルで、鄭、宋の2人と会談した。

  山崎はこう切り出した。

  「国交正常化交渉の再開を願っている」

  鄭らから前向きの発言を引き出す狙いだった。

  鄭は翌日、山崎が提案した政府高官による家族で迎え案について「いずれ国交正常化するとの小泉首相のメッセージ」を出すことを条件に受けいれる姿勢を示した。宋は「拉致された者が他にいる可能性もある。生存者もいるかもしれない」と思わせぶりに語ったという。

  帰りの機中。平沢は隣に座る山崎に語りかけた。

  「首相のメッセージには3つの方法がありますね。記者会見、特使の派遣、そして再訪朝だ」

  山崎は「小泉はどれを選ぶかな」とつぶやいた。

  (肩書きは当時)
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  03年12月初旬     平沢勝栄衆院議員に北朝鮮側から打診
  03年12月20日    平沢らは北朝鮮の鄭泰和日朝交渉担当大使、宋日昊外務省副局長と対面
  04年2月下旬      小泉、山崎、冬柴ら会談
  04年3月1日      小泉、山崎、安倍、冬柴ら会談
  04年4月1日      山崎、平沢ら大連で北朝鮮側と接触
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