小泉外交_8
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/24 19:14 投稿番号: [212732 / 232612]
帰国急がせた核疑惑
2002年10月15日、蓮池薫、地村保志ら5人の拉致被害者が24年ぶりに日本の土を踏んだ.5人の帰国時期に微妙な影響を与えた要素に、北朝鮮の核疑惑があった。
福田官房長官と川口外相は10月6日、東京・赤坂の米国大使公邸を訪ねた.安倍晋三官房副長官、外務省の田中均アジア大洋州局長も同行した。3日から訪朝していたケリー国務副次官補の報告を聞くためだ。
「実は北朝鮮がウラン濃縮型の核開発を認めた」
ケリーは、衝撃的な極秘情報を明かした。
ケリーは平壌で核疑惑を追求する際、「北朝鮮の将来や、国際社会との関係をよく考えたうえで、返事をして欲しい」と慎重な回答を求めた。だが、北朝鮮の姜錫柱第一外務次官は平然と核開発の事実を認めたうえ、好戦的な態度まで取ったという。
福田らは驚き、そして危機感を抱いた。安倍は「この情報がいずれ表ざたになれば、米朝、日朝関係は一気に悪化する。そのあおりで被害者5人が帰国できなくなる恐れがある」と懸念した。
福田、安倍、田中は大使公邸を出た後、帰国問題を協議し、「5人の帰国を急ぐ」方針を確認した。
田中の交渉相手の「ミスターX」は当初、5人の家族を北朝鮮に呼び寄せる案を示していた。だが、日本側はこれを拒否し、2週間程度の「一時帰国」を認めさせた。北朝鮮側が難色を示した帰国時のチャーター機使用についても、安倍が田中に「もっと強く交渉してくれ」と求め、実現した。
北朝鮮側が核開発を認めた事実は10月16日、米国務省が発表した。5人が帰国したのは前日のこと。辛うじて間に合った。
帰国した5人について問題になったのは、5人を北朝鮮に戻すかどうかだった。日本政府内で激しい対立が起きた。
Xとの信頼関係を優先する田中は、「5人はいったん北朝鮮に戻り、その後、家族を連れて帰国する」という筋書きを描いていた。内閣府が作った5人の「行動予定表には、北朝鮮に戻る前提で「お土産の購入」が含まれていた。
しかし、安倍や中山恭子内閣官房参与の考えは違った。「5人は絶対に戻さない」という家族の思いをくみ、最初から5人を「永住」させる腹づもりだった。
10月24日午前、首相官邸の安倍の副長官執務室。田中が5人を北朝鮮に戻すよう主張すると、中山は「政府の責任で5人を戻さないと決めるべきだ」と訴えた。
激論が続いた。最後は安倍が引き取り、言い切った。
「5人を戻し、もし2度と日本に帰ってこなかったら、内閣はもたない。選択肢は他にはない」
田中は、こう言い返すのが精いっぱいだった。
「反対はしないが、これでXのルートは死にます。5人の子供らの帰国にも相当長い時間を要しますよ」
北朝鮮がどれだけ信頼できるか。その温度差により、その後、政府内で何回も繰り返される対立の一つだった。
(文中敬称略。肩書きは当時)
2002年10月15日、蓮池薫、地村保志ら5人の拉致被害者が24年ぶりに日本の土を踏んだ.5人の帰国時期に微妙な影響を与えた要素に、北朝鮮の核疑惑があった。
福田官房長官と川口外相は10月6日、東京・赤坂の米国大使公邸を訪ねた.安倍晋三官房副長官、外務省の田中均アジア大洋州局長も同行した。3日から訪朝していたケリー国務副次官補の報告を聞くためだ。
「実は北朝鮮がウラン濃縮型の核開発を認めた」
ケリーは、衝撃的な極秘情報を明かした。
ケリーは平壌で核疑惑を追求する際、「北朝鮮の将来や、国際社会との関係をよく考えたうえで、返事をして欲しい」と慎重な回答を求めた。だが、北朝鮮の姜錫柱第一外務次官は平然と核開発の事実を認めたうえ、好戦的な態度まで取ったという。
福田らは驚き、そして危機感を抱いた。安倍は「この情報がいずれ表ざたになれば、米朝、日朝関係は一気に悪化する。そのあおりで被害者5人が帰国できなくなる恐れがある」と懸念した。
福田、安倍、田中は大使公邸を出た後、帰国問題を協議し、「5人の帰国を急ぐ」方針を確認した。
田中の交渉相手の「ミスターX」は当初、5人の家族を北朝鮮に呼び寄せる案を示していた。だが、日本側はこれを拒否し、2週間程度の「一時帰国」を認めさせた。北朝鮮側が難色を示した帰国時のチャーター機使用についても、安倍が田中に「もっと強く交渉してくれ」と求め、実現した。
北朝鮮側が核開発を認めた事実は10月16日、米国務省が発表した。5人が帰国したのは前日のこと。辛うじて間に合った。
帰国した5人について問題になったのは、5人を北朝鮮に戻すかどうかだった。日本政府内で激しい対立が起きた。
Xとの信頼関係を優先する田中は、「5人はいったん北朝鮮に戻り、その後、家族を連れて帰国する」という筋書きを描いていた。内閣府が作った5人の「行動予定表には、北朝鮮に戻る前提で「お土産の購入」が含まれていた。
しかし、安倍や中山恭子内閣官房参与の考えは違った。「5人は絶対に戻さない」という家族の思いをくみ、最初から5人を「永住」させる腹づもりだった。
10月24日午前、首相官邸の安倍の副長官執務室。田中が5人を北朝鮮に戻すよう主張すると、中山は「政府の責任で5人を戻さないと決めるべきだ」と訴えた。
激論が続いた。最後は安倍が引き取り、言い切った。
「5人を戻し、もし2度と日本に帰ってこなかったら、内閣はもたない。選択肢は他にはない」
田中は、こう言い返すのが精いっぱいだった。
「反対はしないが、これでXのルートは死にます。5人の子供らの帰国にも相当長い時間を要しますよ」
北朝鮮がどれだけ信頼できるか。その温度差により、その後、政府内で何回も繰り返される対立の一つだった。
(文中敬称略。肩書きは当時)
これは メッセージ 212713 (komash0427 さん)への返信です.