小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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鬼畜米英とは1

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/08/08 01:54 投稿番号: [210785 / 232612]
>サイパンの頃にはすでに「アメリカ海兵隊が日本人兵士や一般市民に何をするか」が伝わっていました。

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genbaku-1a.htm

ルーズベルト大統領の息子で海兵隊大尉のジェームズ・ルーズベルトも加わっていたカールソン襲撃隊は、戦死した日本兵の死体を切り刻み、男根と睾丸とを日本兵の口中に詰め込んだ。

作家上坂冬子の著書によれば、硫黄島の洞窟内から戦後米兵により持ち去られた日本兵の頭蓋骨は壱千個にもなる。彼等はそれでロウソク立て、灰皿やペン皿を作ったといわれ、また硫黄島で戦死した日本兵の頭蓋骨と称するものが、ロサンゼルスの骨董店で一個二十五ドルで売られていた。(硫黄島いまだ玉砕せず)

1944年(昭和十九年)六月二十一日の日記には、日本人捕虜にタバコをやり、気がゆるんだところを後ろから押さえ、のどを「真一文字にかき切った」というのを、日本兵捕虜殺害の一例として教えてくれたある将軍との会話を要約している。残虐行為に対するリンドバーグの異議は、嘲笑と「あわれみ」をもって軽くあしらわれた。
六月二十六日の彼の日記には日本兵捕虜の虐殺、およびパラシュート降下中の日本航空兵の射殺について述べている。降伏し捕らえられた千数百人という日本兵捕虜のうち、捕虜収容施設に引き渡されたのは僅か百人か二百人に過ぎなかった。残りの者たちは殺害されたが、事故に遭ったと報告された。

「仲間が降伏したにもかかわらず機関銃で撃たれたという話が日本兵に広がれば、投降しようという者などまずいなくなるだろう」とリンドバーグは聞かされた。つまり黄色い猿に過ぎない捕虜を取り扱う、余分な手間や面倒がはぶけるという理由からであった。

七月十三日の日記では、「われわれの兵士たちは、日本人捕虜や降伏しようとする兵士を射殺することをなんとも思わない。彼等はジャップに対して、動物以下の関心しか示さない。こうした行為が大目にみられているのだ。」と記されていた。

八月三十日にリンドバーグは、中部太平洋ギルバート諸島にあるタラワ環礁を訪ねた。そこでは日米の激戦が行われ米軍も甚大な死傷者が出たのだが、日記には、捕虜になった数少ない日本兵を一列に並べ、尋問に英語で答えられる者だけを残し、あとは全て殺させた海軍士官のことが出てくる。

ある仲間のパイロットから直接聞いた話によれば、後ろ手に縛られた日本人捕虜達を輸送機に乗せて収容施設のある地域に輸送する際に、彼等を飛行中に突き落とす行為がおこなわれた。そして報告書には捕虜全員が自分から飛び降りたと記録された。(以上、第二次大戦日記、チャールズ・リンドバーグ著)

病院に対する爆撃
昭和十九年(1944年)五月二十四日にブーゲンビル島ラバウル基地にあった第八海軍病院が、米軍機による攻撃を受けて、患者、看護婦、医師ら千四百名が死傷した。病院の屋根には国際法の定めに従い、上空からよく見えるように赤十字の標識を大きく塗装していたにもかかわらず、それを無視して病院の建物に対して爆撃や銃撃を加えるという国際法違反の非人道的攻撃をおこなった。
それ以後日本軍は病院施設に対する国際法違反の攻撃を防ぐために、地下壕や洞窟内部に病院を設営することにした。

遺体を損壊する行為
日本兵を自分達と同じ人間とは見なさない連合国兵士による、死体や死にかけた日本兵から金歯、耳、骨、頭皮、頭蓋骨などを収集し、戦果の証とする堕落した行為が広く行われていたことも、米国民の間で戦時中からよく知られていた。

日本軍との戦いを前にして武勇自慢をし合う若い兵士達の会話を、ジャーナリストのリチャード・トレガキスが記録している。「ジャップは金歯をたくさん入れているそうだが、それを頂いてネックレスでも作るかな」と一人が言う。「おれは奴らの耳を持って帰るよ」ともう一人が宣言する。「塩漬けにしてな」。(ガダルカナル日記、1942年)
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