「6者協議、発案は日本」
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/07/27 23:03 投稿番号: [209769 / 232612]
「6者協議、発案は日本」
ケリー前米国務次官補語る
http://www.asahi.com/special/nuclear/TKY200506170370.html
北朝鮮の核問題をめぐる6者協議の米側首席代表を務めたケリー前国務次官補は16日、6者協議の創設は日本の提案だったことを明らかにした。03年にパウエル国務長官(当時)が日中韓を訪問した際、東京で6者協議の構想を聞かされた。続いて訪れた北京で江沢民(チアン・ツォーミン)国家主席(同)を説得し、米朝間での解決を目指していた北朝鮮を多国間協議に応じさせることに成功したという。
滞在先のハワイで朝日新聞との会見に応じたケリー氏によると、北朝鮮が寧辺(ヨン・ビョン)の核施設を再稼働させて核問題が深刻化した03年初頭、米国は国連安全保障理事会の5常任理事国や日韓、欧州連合(EU)、オーストラリアなどを対象に、複数の組み合わせによる多国間協議の枠組みを検討していた。
同年2月の盧武鉉(ノ・ムヒョン)・韓国大統領の就任式にあわせて日中韓を歴訪したパウエル国務長官に対し、日本の外務省は南北朝鮮と日米中の5者協議か、ロシアも含めた6者協議を提案した。90年代後半の米中と南北朝鮮による「4者会談」から外された苦い経験を踏まえてのものだった。
これに対し、「パウエル長官は日本の提案というより米国の提案としたほうが中国は応じやすいと考え、そう中国に持ちかけた」(ケリー氏)。中国側は「核問題は米朝問題」として難色を示したが、米国側が粘り強く要請。同年4月の米朝中3者協議を経て、同年8月に北京で6者協議がスタートした。
ケリー氏は「北朝鮮に核の放棄を迫るうえで6者協議は最善の枠組み。北朝鮮が応じようとしないのは、5対1で包囲されるのが嫌だからだ」と指摘。「6者協議は死んでいない」と語り、再開への期待を表明した。
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>6者協議の創設は日本の提案だった
>2003年2月の韓国大統領の就任式にあわせて日中韓を歴訪したパウエル国務長官に対し、日本の外務省は南北朝鮮と日米中の5者協議か、ロシアも含めた6者協議を提案した
「米朝対立」によれば
○2003年1月初旬にNSCのアジア上級部長であるグリーンはライス大統領補佐官から多国間協議で北朝鮮問題に取り組むと告げられています
ただしグリーンは多国間協議が機能したことがないと、後ろ向きの反応を示しています。
○2003年1月28日の大統領演説で北朝鮮の核問題について、韓国、日本、中国、ロシアとともに平和的解決を模索していると語っています
ブッシュ大統領はそもそも国連安保理を活用することを模索する一方、大統領は2003年4月に開催された米中朝3カ国協議に日本が参加しないことに不満に思っていたそうです
(ジョージとジュンイチロウの個人的関係から)
○国連という枠組みを利用すると日本の発言力が弱くなるので日本も直接参加できる協議を望んでいたようです
6カ国協議は日本だけでなく、少なくとも日本と米国による発案であると思います。
ただ「2つのコリア」では前回の米朝を基軸とした韓国・中国を交えた多国間協議では、特に韓国の出方が複雑であり、国務省当局としてはうんざりした様子が描かれています。
日本が多国間協議を希望していたとすると、そもそもこの協議をぶち壊すような真似を日本はできない、ということになりますね。
ぶち壊すような真似とは
・日本による経済制裁だったり
・6カ国協議の中で拉致問題を主要議題にあげること
故に
拉致問題を解決するために制裁をできない。
6カ国協議では拉致問題をまともに取り上げられることがない。
自縄自縛に陥っていることになります。
一方、元北東アジア課北朝鮮問題班長・原田武夫氏の「北朝鮮外交の真実」では
昨年末か、今年初めに上層部(官邸ないしは外務大臣?)の指示により、北朝鮮への制裁をシミュレーションして効果があるかどうかを検討したようですね。
このときはマジで制裁することを政府は考えていたのでしょうかね。
ただ原田氏自身は制裁が拉致問題の解決にはつながらないとしています(月刊現代5月号に手記)。
今回の日本代表団の佐々江局長もしばらくは忍の一字ですね。朝日によると今日にでも日朝の接触があるようなことが書いてあるけど。
今回の6カ国協議については当面の目標について日経と読売の観測が似通っています(他紙は読んでいないのでわかりません)。
とりあえず、合意文書を作成し、米朝を主軸として合意点に到達することが今回の目標になるであろう(日経、読売とも)
日経は8月初めまでに合
http://www.asahi.com/special/nuclear/TKY200506170370.html
北朝鮮の核問題をめぐる6者協議の米側首席代表を務めたケリー前国務次官補は16日、6者協議の創設は日本の提案だったことを明らかにした。03年にパウエル国務長官(当時)が日中韓を訪問した際、東京で6者協議の構想を聞かされた。続いて訪れた北京で江沢民(チアン・ツォーミン)国家主席(同)を説得し、米朝間での解決を目指していた北朝鮮を多国間協議に応じさせることに成功したという。
滞在先のハワイで朝日新聞との会見に応じたケリー氏によると、北朝鮮が寧辺(ヨン・ビョン)の核施設を再稼働させて核問題が深刻化した03年初頭、米国は国連安全保障理事会の5常任理事国や日韓、欧州連合(EU)、オーストラリアなどを対象に、複数の組み合わせによる多国間協議の枠組みを検討していた。
同年2月の盧武鉉(ノ・ムヒョン)・韓国大統領の就任式にあわせて日中韓を歴訪したパウエル国務長官に対し、日本の外務省は南北朝鮮と日米中の5者協議か、ロシアも含めた6者協議を提案した。90年代後半の米中と南北朝鮮による「4者会談」から外された苦い経験を踏まえてのものだった。
これに対し、「パウエル長官は日本の提案というより米国の提案としたほうが中国は応じやすいと考え、そう中国に持ちかけた」(ケリー氏)。中国側は「核問題は米朝問題」として難色を示したが、米国側が粘り強く要請。同年4月の米朝中3者協議を経て、同年8月に北京で6者協議がスタートした。
ケリー氏は「北朝鮮に核の放棄を迫るうえで6者協議は最善の枠組み。北朝鮮が応じようとしないのは、5対1で包囲されるのが嫌だからだ」と指摘。「6者協議は死んでいない」と語り、再開への期待を表明した。
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>6者協議の創設は日本の提案だった
>2003年2月の韓国大統領の就任式にあわせて日中韓を歴訪したパウエル国務長官に対し、日本の外務省は南北朝鮮と日米中の5者協議か、ロシアも含めた6者協議を提案した
「米朝対立」によれば
○2003年1月初旬にNSCのアジア上級部長であるグリーンはライス大統領補佐官から多国間協議で北朝鮮問題に取り組むと告げられています
ただしグリーンは多国間協議が機能したことがないと、後ろ向きの反応を示しています。
○2003年1月28日の大統領演説で北朝鮮の核問題について、韓国、日本、中国、ロシアとともに平和的解決を模索していると語っています
ブッシュ大統領はそもそも国連安保理を活用することを模索する一方、大統領は2003年4月に開催された米中朝3カ国協議に日本が参加しないことに不満に思っていたそうです
(ジョージとジュンイチロウの個人的関係から)
○国連という枠組みを利用すると日本の発言力が弱くなるので日本も直接参加できる協議を望んでいたようです
6カ国協議は日本だけでなく、少なくとも日本と米国による発案であると思います。
ただ「2つのコリア」では前回の米朝を基軸とした韓国・中国を交えた多国間協議では、特に韓国の出方が複雑であり、国務省当局としてはうんざりした様子が描かれています。
日本が多国間協議を希望していたとすると、そもそもこの協議をぶち壊すような真似を日本はできない、ということになりますね。
ぶち壊すような真似とは
・日本による経済制裁だったり
・6カ国協議の中で拉致問題を主要議題にあげること
故に
拉致問題を解決するために制裁をできない。
6カ国協議では拉致問題をまともに取り上げられることがない。
自縄自縛に陥っていることになります。
一方、元北東アジア課北朝鮮問題班長・原田武夫氏の「北朝鮮外交の真実」では
昨年末か、今年初めに上層部(官邸ないしは外務大臣?)の指示により、北朝鮮への制裁をシミュレーションして効果があるかどうかを検討したようですね。
このときはマジで制裁することを政府は考えていたのでしょうかね。
ただ原田氏自身は制裁が拉致問題の解決にはつながらないとしています(月刊現代5月号に手記)。
今回の日本代表団の佐々江局長もしばらくは忍の一字ですね。朝日によると今日にでも日朝の接触があるようなことが書いてあるけど。
今回の6カ国協議については当面の目標について日経と読売の観測が似通っています(他紙は読んでいないのでわかりません)。
とりあえず、合意文書を作成し、米朝を主軸として合意点に到達することが今回の目標になるであろう(日経、読売とも)
日経は8月初めまでに合
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.